Your back

 

朝9時50分、一通のメールが届く。

『一応長袖着てきといて。後折りたたみ傘持っててほしーな』

家を出てすぐだったので、慌てて戻って折りたたみ傘を鞄に放り込む。
今日は最初からタンクトップに薄手のジャージを羽織ってたから、着替える必要はなかった。

エレベーターを待っている間、ガラス張りの向こうのからっと晴れ上がった空に、期待で胸が膨らむ。
せっかく遠出すんのに、雨はないやろ、雨は。
そんなことを考えながら、鼻歌を歌う勢いでマンションのエントランスを後にする。

見慣れた白いバイクは時間ぴったりにマンションの前に横付けされていた。

「おはよーさん。折りたたみ傘持ってきたで」
「おはよー。傘ありがとね」

鞄、邪魔でしょ。

そう言われて、肩から提げていた鞄をバイクに着けられていた荷物入れに入れてもらう。
携帯をケツポケットから前ポケットに移動させていると、はい、と渡されたメットとグローブ。

…グローブ?

何でやろ?と思いつつ、とりあえずメットを被って。
慣れへん手付きで装着。
その様子を、黙って見てるトシヤ。
続いてグローブをはめる。

「準備出来た?」

その言葉にこくりと頷いて。

「乗ってええ?」

たずねると、黒いメットがこくりと縦に降られた。

かんかん照りの日差しの元、いざ行かんばかりにとタンデムに乗りこんで出発。
走り出して間もなく、

「とりあえず、先にオイル買わせて。あとGS寄るから」
「あぁ、ええよ」

走り出して直ぐ、国道沿いにあった店にバイクを止めて。
ここバイクのパーツとか売ってる店やったんや、と外装を眺めている俺を横に、エンジンを切ってから
慣れた手付きでメットとグローブを外して店内に入店していくトシヤ。
その後を、おぼつかない手付きでグローブを外して、メットを外して追いかける俺。
非常に情けない。涙。

「あんま安売りしてないんだなぁ…」

ずらりと並べられたオイルの缶。
俺にその違いはよくわからへんけど、トシヤはそのひとつひとつを慎重に吟味して。
よし、これでいいや、と言って、その中から1つ缶を選び取ってレジへと持っていった。

買い物も終わって店の外へ出ると、徐にシートを外したトシヤ。
買ってきたばかりの袋から先程買った缶を取り出すと、オイルを注ぎ足し始めた。

「昨日の時点で切れててさー。やばかった。ほとんど空だったからさ」

何でも親の実家に帰ってたらしいトシヤは、昨日も高速に乗っていたらしい。

「高速のGSで聞いてみたんだけどさ、ねぇの!すっげ困った」

原付高速走んないからね。考えてみたら当たり前なんだけどさ。

そう苦笑しながら、FULLマークギリギリまでオイルを注いで。
余ったオイルに蓋をすると、俺の鞄が入れてある荷物入れに片した。

「さて、じゃぁ行きますか」
「おう」

そうして、走り出したバイク。
でも、どうも俺が予想しとったのとは違う、正反対の方向へ進んでいるという気がしないでもない…。

「俺今回行くトコ初めてだからさー。迷子になるかも。先謝っとくねv」
「はぁ!?…まぁ、ええけどさ。俺らいっつもそんな感じやん、どうせ」

道中そんな会話をしながら、バイクは大阪方面とは反対に明石方面へ突き進む。

「なぁ、どうやって行くん?」

てっきり高速乗ると思ってたんやけど、と後ろから問いかけると、

「三木の方からずっと上(北)に上がっていく道があるはずなんだよ。確か」

大丈夫かぃな…と不安に思うものの、タンデムに乗ってたらナビも出来ひんし、大人しく座ってるしかないわけで。
トシヤの言う言葉を信じながら、過ぎていく景色をぼんやりと眺める。

次第にそれは見知った風景へと変化していって。

「これ学校の方向ちゃうの?」
「ん?そうだよー。こっから抜けて行くから。何なら学校行く?」
「や、行かんでええわ。何すんねん」

そんなくだらないことを言って笑う。
こんな時間が、すきで。

都市部からどんどん離れて、辺りはやがて青々とした緑に覆われた山や田んぼに
敷き詰められていく。

「ここさー、学校通う時に通る道だったの」
「え、そうなん?」
「うん。ここ抜けていくのが一番近かったからさ」

まぁここを抜けていけば明石に繋がるのはわかるんやけど。
いまいちこの辺の地形ってよーわからんわ…

「あ、道、何となく思い出した」
「お、マジで?」
「うん、たぶんあってるハズ…」

まぁ今でも充分迷わずに来てると思うけどな。
さすが7年通い詰めた通学路だけあるわ。
そんなことを心の中でこっそり思いながら、ひたすら長く伸びる道を見つめた。

目的地は京都府、天橋立。
どうやら大阪を抜けて京都に入るのではなく、兵庫県を縦断するつもりらしい。
まぁ、距離的には圧倒的にこっちの方が近いしな。

2時間ほど、走り続けて。

「ちょっときゅうけいー」
「おぅ」

小野を抜けて滝野付近のコンビニに立ち寄り、お茶を買ってしばらく駐車場に腰を下ろす。
トシヤが買ったアクエリについとった、ファーブル昆虫記のフィギアの袋を開けてひとしきり騒ぐ。

「ファーブルさんだよ!一発で当たった!!」
「お前すごいな!」
「え〜俺ふん転がしが欲しかったのにー…」

組み立てて、結構細部まで造られたそれを二人で見てまたげらげら笑って。
さて行きますか、と腰を上げた。

「どっかで昼飯食おー。もう昼だし」
「そうやな」
「んじゃどっか探すよ」
「おー、任せた!」
「え、他人事!?」
「だってハンドル握ってんの俺じゃないしー」

そんな会話をしつつしばらく走り続けて、日本のへそ・西脇市の道の駅に到着。

メットを外してバイクに設置して、ロックをかけて。
そんな一連の行動も結構見慣れたものになった。

「よし、じゃ飯行こv」

立ち上がったトシヤと共に、食堂へ向かう。
木造作りの暖かな雰囲気であるそこは、トシヤ曰く道の駅にしてはリーズナブルなお値段だったらしい。

「ヤバイ、絶対これ以上いたら根っこ生える(そこから動けなくなる、の意)」
「そうやなー…」

昼食を取って、少しばかり休憩。
いただいたお茶を飲みつつ、ぼんやりと窓の外を見つめる。
はー、と息をついて。よし動こう、とトシヤが席を立った後を追う。

まったりしすぎる前に行動。これ基本。
じゃないと動けんくなるから、マジで。

食堂を出た途端、ヤバ、と声を上げるトシヤ。

「…?どないしたん?」

そう問いかけると、バイクに上着かけとくの忘れたーと何やらえらく落ち込んでいて。

「…?」

首を傾げていた俺に、トシヤはカバーの部分に手を置くとあっつ!と声を上げた。
あぁ、なるほど…。遅れてようやく合点のいった俺。

「どうぞぉー…だいぶ熱いから、ケツ浮かしといた方がいいかも」

バイクに跨ったまま、振り返ってそう告げるトシヤ。
ジーンズ越しに降ろした腰に触れる熱は、やっぱり半端ないくらい熱かった。

まぁ、走り出したらそんなことも気にならんくなったけど。

しばらく走っていて、肩に回しとった急に手を引かれた。
最近、こうやって手をひかれる時はトシヤが何か話したい時なんやっていうのが暗黙の了解になってて。

「どうしたん?」

その身体に両手を回しながら肩に顎を乗せると、トシヤが

「雨降りそうじゃねぇ?」

そう言って空を指差した。
確かに、先程からずっと雨雲のような灰色の雲が俺たちの後を追っていて。

「そうやなぁ…」

一雨来るかも、と言っていた矢先。
ぽつりと、俺の頬を冷たい感触が滑り落ちて。

「トシヤ、雨…」
「降ってきたね…」

トシヤは俺のメットのカバーをすとんと降ろすと、そのまま見えていたコンビニにバイクを寄せた。

「通り雨やろか?」
「うーん…微妙だね…」

しかし、雨は一向に降り出す気配を見せず。
トシヤはバイクのエンジンをかけると、再び俺を乗せて走り出した。

「上(高速)乗ろうかと思ってたんだけど。雨降ってきたらヤバイから、いつでも避難出来るよう下道走って行くよ」
「でも、道わかるん?」

この辺までがわかる限界って言ってたんやないん?と問いかけると、だいじょーぶ、とトシヤが笑って。
んじゃ行くね、と言って、バイクはスピードを上げた。

しばらく走り続けていくうちに、雨雲はいつの間にか位置を変え。
遙か彼方に新たな雨雲を発見。

でも、幸運なことに雨には降られんくて。

「ラッキーだね、俺たち」
「そうやな」
「次入り口見付けたら上(高速)乗るわ」
「了解」

過ぎゆく看板に示された地名は、俺たちの日常からは程遠い場所たちばかり。
社、丹波、篠山…京都のある地名が示されていた看板には、最初76kmなどと示してあったのに、
今じゃその距離が僅か13km…。どんだけ走ってんねん、と思わず笑いがこみ上げる。

春日からトシヤは高速に乗った。

綾部、由良川。
向かい風に顔をしかめつつ、周りの風景を見つめる。
通り抜けた高速道路の位置がやけに高いのか、ひどく眺めが良くて。

途中、サービスエリアで休憩。

「ここ抜けたらもう天橋立着くけど。鳴き砂の場所はだいぶ遠いよ…」

トシヤが持ってきていたバイクのマップ(ツーリングのおすすめ場所とかが詳しく書いてある)を見ながら、
途中何処かに寄るかそれとも直行するかを相談して。
結局、道が混む前に直行することにした。

120kmのスピードをまともに身体で体感しつつ、バイクは一路宮津市へ。
料金所を出る際に、おじさんが花火会場の周辺一帯の地図をくれた。

「あー、通行止めあるんだ」
「みたいやなぁ。どうする?」
「まぁバイクだし。175は通れるみたいだし、なんとかなるよ」

そのまま走り続けて、かの有名な天橋立に到着。
結構時間がかかったみたいで、時間は既に15時になろうとしていた。

バイクを止めて、天橋立行くかー、とトシヤと歩く。
回転する橋とか、初めて見た。結構凄い。

途中ぐずついていた天気は悪化するどころかからっと晴れ上がり、昨日まで心配しとった落雷は疎か
海には盆もまもなく過ぎようとしてるのにクラゲの姿すらない。
当然、海水浴客でごった返していて。

「…水着持って来といたら良かった…」
「そうだね…」

とりあえず雰囲気だけでも楽しもうと、靴を脱いで。
白い砂浜を歩く。
さらさらのきめ細かい砂が足の裏に気持ちよくて。

途中まで歩くと、そこに荷物を降ろして海に入る。

「つめた」
「うん、でも気持ちええな」

傾きだした陽光が、辺りを染めて。
淡いオレンジの光が、その場を包み込む。

2時間ほど、そこでまったりして。
ひとしきり遊んで騒ぐと、そろそろ会場に向かうか、という話になって。

足を洗って靴を履き、バイク置き場まで戻る。

「あ、とりあえずGS寄っていい?」
「おぅ」

そのままバイクを車道へ出そうとした瞬間、目にした光景は。

「………すげぇ渋滞じゃん…」
「やな…」

途切れる気配すら見せない、車の列。
言わずともがな、これは花火大会へ向かう方向で。

「ヤバイな…」

そう言いながら、とりあえず一番近くにあったGSで給油。

「逆方向に抜けよっか?バイパスがあったはず…」
「あぁ、ええよ。任せるし」

そんなやりとりの後、バイクは込みに込んだ路線とは逆方向に出発したものの。
バイパスに差し掛かる前に、トシヤがぐぃと俺の手をひいて。

「なん?」

そうたずねた先に、指差された込みに込んだバイパス。

「みんな考えることは一緒かー」

苦笑気味に笑うトシヤ。
でもここから戻るにはあまりに今更過ぎるし、どないするんやろう?と思っていると、トシヤはあっさりとバイパスに乗って。
ぐぃ、と手をひかれて、しっかり掴まってて、と告げられた。

「?」

言われるがままにしがみつくと、バイクは動かない車の横の空いたスペースを走り抜けて。
ものの数分で、大きな通りへと合流した。

このときほど、バイクで良かったと思ったことはなかったかもしれへん。

バイクをその後、ICが近い駐車場へ止めて。
人の流れに乗って、そのまま会場へと移動していく。

時刻は6時半を過ぎようかという頃。
まだ空は明るい。

出ていた出店で、かき氷とカステラを買って。
ぶらぶらと人でごった返した会場内を移動していく。

途中で買った苺飴は暑さで溶け始めていて。

「トシヤ、ほら」
「ん」

その口元に、柔らかい苺を運ぶ。
暗がりで、あまり人の目を気にする必要はなさげやった。
別途になってしまった赤い水飴をかじる。
口内に広がっていく甘さ。夏っぽい匂いがして、悪くない。

そうこうしている間に、灯籠流しが始まって。
ここの歴史や経緯などの説明に耳を傾けながら、目の前に広がった景色を黙って見つめる。

19時半きっかりに、花火は始まった。

夜空を綺麗に彩る大輪の華。
鮮やかに咲き乱れては、儚く散って。

いくつもいくつも、空で華開く鮮やかな夏の風物詩。

「わぁ…」
「すごいな…」

首を傾けたままで、空を見上げて。
その口をついて出るのは、ただ感嘆の声ばかり。

一際高いところまで登っていった火薬が、空高くで華開く。

ただ、綺麗で。
俺とトシヤは、ここまで来るのにかかった苦労も忘れて、眼前の景色に魅入っていた。

1時間ほどで、終わった花火大会。
祭りの後の寂しさを抱えながら、会場を後にする。
ただ、同じように帰路につく人々でごった返していたために、思うように動けず。
駐車場に着く頃には、既に21時を回ろうとしていた。

「あー…今から帰んのか…」

身体を伸ばしながら、そう呟くトシヤ。
俺もバイクの傍に腰を下ろして、そうやな、と苦笑。

どうでもええけど、行きしだけで体力を全部使ってまう自分らの行動を改めるべきかもしれん。
何事にも全力投球って言えば聞こえはええけど…

そんな今してもしょうがない反省を今更のようにしていると、トシヤが出発する前にメンテしていい?とたずねてきた。

「あぁ、ええよ」

その言葉にひとつ頷いて、バイクに近付く。
どうやら行きしに買ったオイルを全部使い切ってしまうつもりらしい。

「薫くん、わり。手元照らしといてくんない?」
「携帯の照明でええか?」
「うん、全然オッケ」

トシヤの言葉に、携帯を取り出してフラッシュをONにして。
手元を照らしていると、オイルはちょうど缶を空にして終わった。

「さて、帰りますか」
「そうやなー…」

メンテの後片付けを済まして、トシヤがそう言って腰を上げた。
いつまでもここでうだうだしているわけにはいかないので、とりあえず出発することにして。

「高速でー…一気に兵庫まで戻るか、途中で降りて下道使うか」
「どっちでもええんちゃう?トシヤに任せるわ」

ICまでの道のりでそんな会話をしながら、帰路に着く。
明るい月を、雲が急速に覆い隠して。
花火であんなに明るかった空を、闇が染めてゆく。

しばらく暗闇をバイクで走り続ける。
見慣れたオレンジの光はなく、ただ赤いテールランプが通り過ぎては消えて。
その頃には俺の疲れも絶好調。
いつも眠たくならないはずのタンデムに座ったこの状態ですら、眠気に襲われ始める。
高速に乗るとトシヤの声が風で掻き消されるために聞こえ辛くて。
むやみに話しかけるわけにもいかずに、ただ眠気を掻き消そうと意識を必死に繋ぎ止める。

やから、そんな矢先に見えたサービスエリアを示す表示には心底救われた。

バイクを止めて。
飲み物でも飲むか、と煌々と電気のついた自販機コーナーへと向かう。
実は、高速に乗ってからやたら風が冷たくて。
ひどく身体が冷えていたために、俺は迷わずに暖かい飲み物を選んだ。
トシヤも隣で暖かいコーヒーを手にしている。

「薫くん、寒いんじゃね?その生地すっごい薄そうだし」

紙コップに入った液体をゆらゆらと揺らしながら、あいていたベンチに腰を下ろして。
身体に染み渡るように入ってくる液体をただ無心に口にしていると、
不意にトシヤがそう言って手を伸ばしてきた。

「ほら、すっげ冷えてる」

触れた、手。
ひどく暖かいそれを、無意識のうちにぎゅっと握り返してしまう。

「実は、寒かったりした」
「やっぱりー?抱きついといていいよ?そうすりゃちょっとは風除けになるし」
「んー、まぁ…我慢出来そうになかったらそうするわ…」

外で抱きつくなんて以ての外やけど。
バイクの、タンデムシートだけは特別な場所で。
トシヤの言葉に頷きつつ、紙コップに残った液体を流し込む。

暖まった身体。
少し吹き飛んだ眠気にほっとしながら、身体を伸ばして。

「そろそろ、行く?」
「そうやな…」

空になった紙コップを捨てて、その場を立ち上がる。

そのままバイクはしばらく走り続けて。
途中でトシヤは高速を降りると、そのまま下道を走り出した。

行きしに見たなと思う景色を、今度は逆に見ながら走り抜けていく。
ふと上を見上げると、あれだけ曇って見えなかった空に、1つの星が輝いていて。
でもトシヤに知らせる間もなく、それは姿を消してしまっていた。

身を切るようだった風も、少しずつ高度を下げるたびに和らいできて。
トシヤの身体に抱きついていた力を緩めながら、見知った風景にあぁ帰ってきたんや、なんて。
今更のように思う。

小野と三木のちょうど間ぐらいにあったコンビニに、トシヤはバイクを止めて。

「ちょっと休憩…眠い…」

うーんと唸りながら、車止めに腰を下ろすトシヤ。
ごしごしと目を擦っている様子からして、だいぶ疲れているみたいで。

「大丈夫か?」
「んー…だいじょぶ…」

そのままこちらにもたれ掛かってくる。

「すまんなぁ、俺が免許持ってたら変わったれるのに…」

こんなとき、いつも思う。
自分が免許を持ってたら、こんな風にしんどい思いをトシヤばっかりにさせずに済むのに、と。

「んーん、薫くんは気にしなくていーの…」

対するトシヤはいつも緩く首を振って。そう言ってくれる。

「俺が行きしでパワー使い切っちゃっただけだし…」
「まぁ、俺ら常々そんな感じやけどな」
「ねー。ペース配分考えなきゃダメだよねー…」

自分たちのことなのに、まるで他人事のように話して。くすりと笑う。

「今からどうする?」
「んー…どうしよう?」

時計を見ればそろそろ日付を越そうかという頃。
トシヤがこんだけ疲れてるんやったら、真っ直ぐ家に戻った方がええんかなぁ、とも思うけど。

こんだけ一緒におった分、離れがたくてもうちょっと一緒におりたい、とか。
素直に言えへんのが俺で。

「トシヤに任せるで?」

口をついて出るのはそんな言葉ばかり。
飯食いに行こうや、とか。誘う言葉はいっぱいあったはずやのに。

…よー考えたら、俺ら晩飯食ってへんやん。

「とりあえず神戸戻ろっかー…」
「そうやな…」

トシヤの言葉に頷いて。
根っこ生える前に行動!と立ち上がったその後を追って、メットとグローブを装着してタンデムに跨る。
今日1日でかなり上達したその行為。
グローブの手元の部分のマジックテープを止めながら、少し笑って。

信号待ちの途中、不意にトシヤの口から出た言葉。

「なぁー、薫くん腹減らねぇ?」
「減った」
「よなー!俺ら考えたら晩飯食ってないよね!」

そんなやりとりの後、探すはファミリーレストラン。
飯食って尚かつゆっくり出来るところがええ、しばらくそこに根っこ生やすから。
そう言った俺の言葉に、トシヤは苦笑気味に同感、と笑って。

唯一場所がわかる、とトシヤが言った須磨のガストに落ち着いた俺たちは、席に着くなりどっかりと席を降ろして。

「あ゛ー…マジしばらく動きたくない」
「ホンマそれ。…とりあえず飯」

よれよれの身体をテーブルに凭れかけさせながら、手元のメニューを見つめる。
夜中だというのに結構な賑わいを見せている店内を横目に、ふと視線を滑らせて。
ガラス張りの向こうの景色を見つめる。
暗闇でも微かに光る、波間。海。

「すごいな俺ら。日本海見た後で太平洋見てんで」
「瀬戸内海だけどね」
「まぁ細かいことは気にすんなって。あーホンマに兵庫県縦断したんやなぁ…」
「確かに」

運ばれてきた飯を綺麗に平らげて、後はぐたーっとテーブルに突っ伏す俺。
ふと視界にソファで豪快に眠り込んでいる人の姿が目に入って、なかなか度胸あるなぁ、とトシヤとひそひそ言葉を交わした。

「薫くんもやる?」
「いや、あそこまでは無理」

最後はぐだぐだになりながら、ちょっと寝て、起きて。
トシヤも眠そうな目を擦りながらうつらうつらしていた。

「としや…今何時…」

俺のかけた言葉に、時計を見ながら

「んー…4時、50分…」

眠そうな口調で答えるトシヤ。
…これは、早いとこ帰らんと本気寝すんな…
最早明け方。朝帰りどころの始末じゃないけど。

「そろそろ帰らんと道込まん?」
「そー…だね…」

それでなくても目の前の2号線はひっきりなしにトラックが行き来している。
しばらくして、目の前の線路を貨物列車が通り過ぎていって。

店を出て、空を見上げる。

「トシヤ、朝焼けや」
「ホントだ」

闇が、少しずつヴェールを脱いで。
少しずつ少しずつ色が変化して、濃紺で染められていたキャンバスが白っぽく染め上げられていく。

「すげ…」

微かにかかった雲が、赤く染められて。
どこからか、カラスの鳴く声。

8月17日の、朝が明けた。

自宅までトシヤに送ってもらい、バイクを降りる。

「お疲れさーん」
「はい、お疲れ様」

バイクのエンジンを止めて、バイクを降りたトシヤ。
その手に外したメットを手渡して、タンデムに括り付けているのを黙って見つめて。

「んじゃまたメールするわ」
「うん。つーか、昼には起きてよ?」
「わからん。起こして。起きんかったらごめん。先謝っとく」

そんな会話を交わしながら、ちらりと周りを見渡して。
人目がないのを確認してから、素早くトシヤの口唇を奪う。

「んじゃ、今日はありがと」
「んー、お疲れさま。ゆっくり休んで」
「お前こそ。気ぃ付けて帰れよ」
「うん」

そうして、バイクで走り去るトシヤの姿が見えなくなるまでそこに佇んで。
俺は自宅へと戻った。
とりあえず軽くシャワーを浴びて、ベッドに寝転がって。
目を閉じたその瞬間には、眠りの底へと落ちていた。

目が覚めても、君といられるような、そんな感覚。

「トシヤ…」

目蓋の裏に浮かんだ残像は、ただ、鮮やかに。
君のことだけを思い浮かべて、眠る。

 

20050816