何処にも行かないで
そう泣けば、貴方は此処にいてくれますか?
You are no where.
「また、仕事?」
ベッドから降りて服を着だした薫くんの背中を見ながら、ぽつりと呟く。
「あぁ…昨日のアレンジ、ちょっと気になることがあるねん」
「…そう…」
寝返りを打って俯せになりながら、俺は目頭が熱くなっていくのを
止められずにはいられなかった。
寂しい。
1人はヤダ。
そう言って、泣き出したかった。
だけど…
わかってる。
そんな俺のワガママが通らないことくらい。
ワガママ言って、困らせることくらい。
だから、言わない。
そう思って過ごした夜が、一体どれくらい過ぎてったんだろう…
いつもそう。
朝まで2人でベッドにいれることなんて、稀で。
大抵は、俺の隣から薫くんがいなくなってしまう。
俺は寂しさから逃れるために、薫くんの温もりと匂いの残るベッドに潜り込む。
さっきまで疼いていた体の熱が急激に冷めて体が寒さに震え出す。
ないと落ち着かなくなった携帯電話も、
その時だけは何の意味も持たなくて。
だって一番つながって欲しい相手につながらないんだから。
そんな使用用途のない金属の塊は、いらない。
―――タダソバニイテホシイ
「じゃ、行ってくるから…」
俺が眠っていると思ったのだろう。
薫くんは俺の髪に口付けると、音を立てないようにして部屋を出ていった。
ドアの閉まる音が、とても大きな音に聞こえる。
ぱたん…
訪れる、静寂。
荒い吐息が重なり合っていた部屋も、今はすっかり空気が冷え切ってしまっていて。
シーツからのぞいている肩が寒さで震えた。
「…っく…」
枕に突っ伏したまま、嗚咽を漏らす。
本当は、こんなところでこうやって泣きたい訳じゃない。
薫くんの腕の中で、薫くんに抱きしめられたい。
たくさんの出会いと別れの中で、わかっていくこと。
大切な人が明日隣にいてくれる保証なんて、どこにもない。
初めて恋人ができた時、思い知った突然の別れ。
信頼していた人からの、裏切り。
―――最後まで嘘をついて、ごめんなさい
それだけ書かれた手紙を、くしゃくしゃになるまで破り続けたのを覚えている。
信じることが、こわくなった瞬間だった。
わかってる。
薫くんがそんなことするはずないって、頭ではわかってる。
でもどこかで恐がっているのも事実だった。
いつか、この関係は終わってしまう。
いつか、自分たちにも別れの季節が来るのであろう。
「………っふ…」
横隔膜が震える。
零れる嗚咽は留まるところを知らなかった。
甘い言葉もいらない。
抱きしめてくれるその腕もいらない。
だから、せめてそばにいさせてほしい。
がちゃ…
急に聞こえたドアの音に、俺はびっくりして顔をあげる。
そこには、仕事に行ったはずの薫くんの姿。
「ど…したの?」
頬を伝っていた涙を拭いながら、俺はやっとのことでその言葉を紡ぎ出す。
薫くんの瞳が、一瞬動揺するように揺れたのは気のせいだったんだろうか?
「…忘れ物」
「…そぅ…」
しばらく訪れる、沈黙。
何を言えばいいのかわからず、俺は黙り込んでしまう。
沈黙を破ったのは、薫くんの一声だった。
「何がそんなに不安なん?」
「え?」
驚いて薫くんの顔を見てみると、いつもの攻撃的な顔じゃなくて
どこか、困り果てたみたいな顔をしていた。
「聞いたるから…話し?」
その言葉に、零していた涙が止まった。
俺は、自分の中にため込んでいたことを全部吐き出した。
ぽつりぽつりと、これまでの出来事や感情を言葉少なに紡いで。
薫くんは、何も言わずに話を聞いてくれた。
少しだけ、抱きしめてくれた薫くんの胸の中で、泣いた。
「何でもっと早く言わへんかったん?」
話し終えた俺を抱きしめたまま、薫くんは小さな声で呟く。
「え…?」
「何でもっと早く言わんかったん?
そうすれば…お前を泣かせたりせんかったのに…」
何故か、薫くんの方が泣いているみたいで。
胸がズキンと音をたてる。
でも、何も言えなかった。
「不安にさせてごめん、な」
そう言うと、薫くんはそっと俺の体をベッドに押し倒す。
壊れ物を扱うかのように、優しく。
すぐに淡い口付けが降りてきて。
頬や、瞼に滑っていたそれは、やがて唇に重なり合う。
「んっ…ふ…」
合わさった唇から、漏れ出る声。
歯列や上顎をくすぐっていた舌は、やがて俺の舌と絡みついて。
とろけそうな、甘い口付け。
光悦とした表情で酔いしれていると、ちゅっと音をたてて唇が離れた。
薫くんがシーツを取り去る。
何も身につけていない身体が、薫くんの目の前に晒されていて。
恥ずかしくて、思わず立て膝になってしまう。
すると、薫くんがやんわりとそれを制御した。
「隠さんといて。
…見たい。トシヤが、全部」
薫くんの独特のヴォイスで囁かれて、俺の身体は抵抗という名の行為を失ってしまう。
腕も足も力を失い、シーツの上に音をたてて転がった。
やがて、薫くんの唇が首筋から降りてくる。
先ほどの行為で、躰に散りばめられた赤い痕の上に薫くんの唇が重なる。
痛みと快感が一体化したような、不思議な感覚に思わず声をあがって。
薫くんはそれに気をよくしたのか、さらに体中に唇を滑らせていった。
胸も、首筋も。
もう痕をつけるところがないくらいに、びっしりと紅い刻印が刻まれていて。
全部薫くんがつけてくれたものなのかと思うと、うれしさのあまりに顔が綻んだ。
そうこうしている間にも、薫くんの口付けは俺の突起に辿り着いていて。
ちゅっと軽く先端に触れてから、尖らせた舌先でつついてみたり、吸い上げてきたりして…
その度に甘い疼きと痺れが走って、俺は身体を撓らせた。
「はぁ…んっ…ぅ…」
しつこいくらい触れてくるそれに、俺はただただ喘ぐことしかできなくて。
「ねっ薫くん…下もっ…っあっ」
言い終わらないうちに、俺の言葉は自分の喘ぎ声によって掻き消された。
既に勃ちあがっていたソレを口に含まれて、背筋に快感が駆け巡る。
口内の温かさと、ねっとりとした舌に包まれて俺の熱は限界スレスレにまで上昇していく。
「も…だめっ」
「ええよ、イって」
「ダメ…歯、たてな…いでっ」
薫くんが喋ったことによって歯の硬質な感触に刺激され、
俺は薫くんの口の中に悦を吐き出していた。
息をついていると、薫くんが目の前に長い人差し指を差し出してくる。
何の戸惑いもなくそれを口に含む俺。
口から抜き出された指は、唾液でべたべたになっていて。
「力、抜いて…」
薫くんのその言葉とともに、最奥に指が進入してくる。
先程まで薫くんを受け入れていたそこは、驚くほどスムーズに指を飲み込んでいく。
中に残ったままだった薫くんの液も手伝ってか、やがてそこからは卑劣な音が漏れ出した。
ぐちゅ、と薫くんが指を動かすたびに聞こえてくる音に俺は羞恥を覚えて。
頃合いを見計らって、薫くんが指を引き抜いた。
それまで着ていた服を脱ぎ捨てると、薫くんは俺の足を抱きかかえる。
ちゅ、と口付けを落とされて。
愛してるで、と囁かれたと思った瞬間に、一気に貫かれた。
「ひぁっ…んぅ…」
圧迫感さえのぞけば、痛みはなくて。
すぐに快感を拾い上げた俺の身体。
中で液体が粟立つような音を立てながら、深く穿たれる。
感じる薫くんが、熱い。
「も…だめぇ…」
一番感じるところを攻められ、耐えきれずに俺は頭を振る。
薫くんは俺の背中に手を回すと、ぎゅっと抱きしめてくれて。
「俺は、この先ずっと、お前のことを手放す気はないからな」
荒い吐息と共に囁かれたその言葉を、俺はずっと忘れることはないだろう。
「…かお、る…す、き…」
辿々しく、荒い吐息の合間に呟く。
意識を失う瞬間、薫くんの微笑む顔が見えた。
「ぁれ…?」
薄く目を開けると、ぼんやり朧気に薫くんの顔がうつって。
焦点が合わないままに瞬きをしている
俺の顔を見てにやりと笑ってくる。
「失神するくらい、気持ちよかったん?」
さらりとそんなことを口にして。
一瞬で現実に引き戻された俺は、かぁぁと頬を紅潮させて。
顔を見つめられるのに耐えきれず、シーツの海に沈み込む。
でも、もう中に潜り込んでもぬくもりと匂いだけじゃなかった。
ちゃんと、薫くんがそばにいてくれた。
薫くんはシーツごと俺を抱きしめると、好きやで、と小さな声で呟いた。
もう誰も、信じないと思ってたけど…
薫くんなら…薫くんの言葉なら、信じてもいいと思う。
ぬくもりと優しさに包まれた夜は、こうして静かに更けていった。
END