この世界で
君だけが
僕の絶対的な真実だった
ツバサ
1stfly
片割れ。
かつてそう呼んでいた人がいた。
生まれたところは別々だったけれど。
僕らは2枚の羽根を1枚ずつ分け合って生まれ、出会ったんだと確信して疑わなかった。
同じところが欠けた、未熟な僕ら。
「シンヤ」
「京くん…」
何処にいても、何をしていても。
片割れは僕の名前を呼び、僕の居場所を見つけ出した。
「急におらんくなるから、何処行ったんか思た」
「携帯鳴らしてくれたら良かったのに」
「まぁ別に見付かるからええかなって」
「…そうやな」
昼食後の、気怠い授業の時間帯。
何となく気分が乗らなくて屋上でウォークマンを聴いていたところに、大して探した様子もなくやってきた京くんは
寝ころんでいた俺の横にごろんと横になって。
「眩しいなー…」
ちょうど真上に差し掛かろうとしていた太陽光線に目を細めた。
「そうやな…」
降り注ぐ、光の粒子。
それはキラキラと輝きを放ちながら、僕らの未熟で熟れそうな甘く儚い時間を通り過ぎていく。
その光が象る背中の翼は、他の人にも見えているのだろうか。
「シンヤ、かたっぽ」
「あぁ、はい」
差し出された手に、両耳にはめていたイヤホンの片方を抜き取って差し出す。
当たり前のようにそれを装着して、目を閉じる京くん。
こんなことが日常になって、もう随分になった。
同じ時間を共有して。
同じ視線で物を見て。
同じ空間で息をする。
まるで双子のように。
いや、下手したらそれ以上に。
僕らは自分たちでも気付かないぐらい、無意識のうちにお互いの深い深いところで繋がっていた。
「次の授業、何やっけ」
「さぁ…。計測?」
「マジで?怠いからふけよか」
「そうやな…」
鳴り響くチャイムの音に、寝転がっていた身体を起こして。
んー、と伸びをしている京くんの背中を見つめる。
僕に欠けている方の翼だけが、風に煽られて揺れて。
ただそれだけの、幻覚にも似たそれから、目が離せない。
「…シンヤ?」
不思議そうに振り返った京くんに、何でもない、と首を横に振る。
ん、と何気なく差し出される掌。
黙ってその手を握りしめる、その行為すら、違和感を感じなくなってどれくらい経つのか。
手をひかれて屋上を後にしながら。
煌々とした陽光に透ける、甘そうな蜜色の髪がふわりと揺れるのを見ながら、ぼんやりと自分も色を抜こうと思った。
午後の授業をエスケイプして。
天気がいいから海にでも行くか、と地下鉄と電車を乗り継いで港町へ出る。
高い空。
心地良い風が、ふわりと僕らの間をすり抜けていく。
「ええ天気やな」
「うん」
いつも一緒につるんでいた先輩に教えてもらったという煙草を口にしながら、京くんが空を見上げる。
最近覚えた、その、匂い。
「身体に悪いで」
「うん。やめようと思うんやけどな」
苦笑するその額をつついて。
ほんまにもう、と呆れた口調で笑う。
降り注ぐヒカリ。
ただ、眩しくて。
世界の終わりはこんなふうやったらええのに。
空を見上げたままでそんな取り留めのないことをぼんやり考える。
鮮やかに、静かに。崩壊していく世界。
海縁に立てられたオブジェのような彫刻の元に腰を下ろして、黙って眼前の景色を魅入る。
穏やかな海。太陽の光を受けて波間がキラキラと輝いて。
僕たちが生まれてくるずっとずっと前、太古の昔から繰り返されたのであろうその風景は
今も静かに僕たちの前に横たわっている。
不意に、この世には自分と京くんしかいないんじゃないかというような錯覚にとらわれて。
思わず、投げ出されたままの京くんの手をぎゅっと握りしめる。
その感触を、体温を、確かめるように。
強く強く握りしめる。
「…どないした?」
不思議そうに問いかけてくる京くんにふるりと首を振って。
親を見付けた迷い子のように力一杯握りしめた手。
緩く握りかえされる、それだけで一気に安堵感が広がって満たされていくのを感じた。
―――やっと見付けた、僕の分身
いつも一緒にいた。
その傍にいるのが当たり前だった。
誰も入ってこれない距離で交わす、秘密のシグナル。
2人の間でだけ通じる、秘密の暗号。
それは言葉であり、行動であり、存在であり。
僕に触れてくる指先は、いつもこれ以上ない親密さを物語っていた。
僕より少し低い背丈。
なのに京くんの手は、俺の手よりも大きくて。
結構無茶なことだってやってるくせに、その手は指が長くてひどく綺麗な造りをしていた。
その手を伸ばして、髪を梳いたり、抱き寄せたり、手を繋いだり。
僕らはお互いに触れることを躊躇わなかった。
そこに性的な意味なんてない。
ただ自然に。
手を伸ばしたら触れあう位置にいたその存在を、僕らはまるで空気のように感じて、
水のように触れていただけなのだ。
開けっ放しの窓からは期待した程の涼風は入ってこず、かわりとばかりに
無遠慮に入り込んでくる、暑さを助長させる蝉の鳴き声。
噎せ返るような、茹だるような暑さの中でぼんやりと揺れていた意識が急に現実に引き戻される。
がくん、と上半身を衝撃が襲って。何かと思えば、ついていた肘から頭が滑り落ちたらしい。
「……」
ミミズの這ったような跡の残るノートに一瞬眉を顰めるが、黒板を見てもまともにノートなど取れそうな状況ではなくて。
それでなくても1人様々な小道具(実験道具だと本人は言い張っているが、どう見ても小学生の工作レベルだ)を
持ち出して嬉々として教壇で喋り続けている教師に真剣に耳を傾けている人数の方がどう考えても少ない。
現に廊下側の窓際の席から教室を一望したところで、その三分の二が机に突っ伏しているか足下に漫画を広げているかのどちらかだった。
夏休み前の、ある意味一番気の抜けた季節。
中間がちょうど終わったばかりで、期末が夏休みを挟んだその後というスケジュールは、
学生のやる気を著しく削がすものでしかなく。
いつもは真面目に授業を受けている人間ですら、うつらうつらと船を漕いでいる始末。
…まぁ、それはこの授業を聞く意味があるのかという素朴な疑問の元での行動なのだろうけれど。
くるりと周りを見渡して。
最後に辿り着いた、自分の真後ろの席に突っ伏された金色の髪を見て、思わず苦笑する。
寝てるだろうなとは思っていたけど。
額から汗を流しながらも眠り続ける京くんは、未だ夢の中らしい。
よぉこんな状況で寝れるわ…
ぱたぱたと下敷きで自らを扇ぎながら、壁際に背を向けてもたれ掛かって。
イスに横向きに座って、不自然にならない程度に京くんの方を盗み見る。
顔の下にはご丁寧に白いタオルまで敷かれていて。
寝る気まんまんやん、と思わず零れた笑いを口元に手を当てることで隠した。
あの頃、それが僕らの日常の全てやった。
四角い閉鎖的空間の中ですら、常に半径1メートル以上の距離を離れることはなかった。
授業は真後ろで。
ご飯は隣か真向かいで。
歩く時はその隣で。
言葉にしなくても通じることがたくさんあった。
お腹がすいた。眠たい。何処へ行きたい。何を食べたい。
最低限の伝達手段にすら頼らない親密なシグナルは、常に迷うことなく真っ直ぐに発せられ。
僕らは受け取った信号をこれ以上ないくらい正確に読み取り、繋がりあっていた。
永遠にそんな日々が続くのだと、信じて疑わなかった17の夏。
世界は昨日と今日と明日しかなくて。
ただ目の前に与えられた時間を消化するのに必死になっていた僕たちは、
崩壊の瞬間が音もなく忍び寄っていることに、気付くこともなかった。
To Be Continue...