遊園地の泡沫のライトに、はしゃいだ恋のシルエット

君とキスした
───

 

Thank you, my twilight

 

今の彼と俺の関係を一言で表すとしたら、『友達以上恋人未満』。
きっとそれ以上的確な言葉なんて、ない。

自分が自分らしくある。
お互いその妨げにならない関係を、うまく続けてこれたと思ってたのに。

なんで今更、自覚してしまったんやろう。
コイゴコロなんて、甘酸っぱい響きを伴う感情を。






───パタン

不意にドアの閉まる乾いた音がして、微睡んでいた意識が浮上した。
見慣れた天井。
微かに残る香りは、先ほどまで傍にいた彼が煙草を吸っていた所為か。

黙ったまま耳を澄ませていると、小さくシャワーの音が聞こえてくる。

体を動かすのはひどく億劫で、でも素肌のままでいるのも何となく嫌で、
ベッドサイドに落ちていたシャツを拾い上げて羽織った。
部屋いっぱいに満たされた彼───京くんの匂いに、ゆっくりと瞳を閉じる。
体が満たされても、心の隙間はぽっかりと空いたまま。

「…アホとちゃうんか、俺」

思わず自嘲的な独り言を零した。






こうなるきっかけは何やったんか。
今考えてもよくわからへん俺たちの馴れ初め。

後腐れのない関係にお互いがお互いを求めた、というのが、おそらく一番正しい事の真相で。

ぼんやりと過去を回想しながら紫煙を燻らせていると、当のお相手である京くんが寝室のドアを開けて入ってきた。

「風呂開いたで」
「あ、うん」
「湯はっといたから。のぼせんときや」
「ん……」

ベッドサイドの灰皿にまだ長い煙草を押しつけながら、シャツを羽織っただけの姿でベッドから起きあがる。
髪から雫をぽたぽたと零したままの状態でジーンズだけを身につけた京くんは、ミネラルウォーターの
ペットボトルに口を付けていて。

日に焼けない白い喉元に一筋、水滴が流れていくのに目が奪われる。

───その喉元に所有印でも残すことが出来たら、この人は俺のモノになってくれるんやろうか

考えるまでもない自問に、僅かながらに苦笑する。
どうすればそこに、否定以外の答えが導き出せるというんやろう。

こんな曖昧な関係の自分たちに。






例えば、抱きしめるときの腕の力強さだとか。
例えば、キスの仕方だとか。
例えば、イくときの顔だとか。

誰も彼もが知り得ない彼のことを、自分は知っているけれど。
だからといって何になるんかと、頭上から熱いシャワーを浴びながら自嘲する。

京くんは、決して跡を残さなかった。
この場合の『跡』とは、キスマークを含んだ表面上全てのことを指す。
抱かれた後でも、自分の体に残るのは腰の怠さと乾いた気持ちだけ。
メンバーの前では何事もなかったかのように振る舞う京くんに、気付く者は誰1人としていなかった。

時折、自分は夢を見ているんじゃないかと思う。

匂い、温度、感触。
それらがやけにリアルな、自分の妄想が織りなした夢。

「それにしては素っ気なさ過ぎやな…」

せめて夢の中ぐらい、愛されていたいと思う。
結局、これは紛れもない現実で。

頬を伝う幾筋もの水滴の中に、微かに涙が混じったのには気付かないフリをした。






何の淀みもなく過ぎてゆく日々。
誰にも何も知られないままに、京くんとの秘密の逢瀬は続いていた。

ある日それが、親しいメンバーの1人によって発見されるまで。






「京……くん?」

裸体でベッドに転がっている俺と、首からバスタオルをかけてジーンズだけを穿いている京くん。
誰がどう見ても『情事後』そのままの状態を見つめたまま、トシヤはドアの入り口で目を見開いたまま佇んでいた。

そりゃ驚きもするだろう。
同じバンドのメンバーである俺と彼がコンナコトをしてるなんて、トシヤには予想外の出来事に違いないんやから。

何か言うにも何を言えばいいのかわからず、俺は素肌の上にシーツをぎゅっと引っ張ったまま。
トシヤはドアのノブに手をかけたまま。
京くんは…ミネラルウォーターのペットボトルを握りしめたまま。

誰も微動だにせず、声も出せずにどれ程の時間が過ぎたのか。

京くんは何事もなかったかのように濡れた頭をバスタオルでわしゃわしゃと拭きながら、静かな声でトシヤの名前を呼んだ。

「内緒やで?」

いたずらが見つかった子供のような、無邪気な笑顔で京くんが告げたその言葉は、
絶対的な、命令。
逆らうことを許されへん瞳が、そこにあった。

「う、うん」

トシヤは投げかけたかったであろう疑問を結局1つも口に出来ずに頷かされていて。
パタン、という音と共に、再び密室が完成された。

やけに後味の悪い、静寂だけを横たわらせたままで。






「付き合ってるの?」

来るやろうな、と思っていた質問を、やはりトシヤはストレートにぶつけてきた。

「…いいや」

煙草に火をつけながら答える。
締め切ったブース内で、紫煙がふわりと辺りを舞った。

「じゃぁ、付き合ってもないのに薫くんは京くんと寝てるの?」

あの日から、トシヤと逢うことはなくて。
今日は久々に弦楽器隊だけの仕事やった。

ダイがインタビューに行っている今、控え室には俺とトシヤの2人だけ。
辺りはいろんな喧噪で騒がしいのに、ここだけが隔離されたみたいに静かで。

トシヤの投げかけてくる質問は、口調こそ穏やかなのに答えを拒否するのを許さない響きがあった。

「…そうやな」
「どうして」

間髪を入れずに返された言葉。



どうして



そんなん、俺が一番聞きたいわ、トシヤ。

どうして京くんは俺と寝てるん?
どうして京くんは俺を抱くん?
どうして京くんは俺を選んだん?

わかってる。
その質問の答えに、「愛」なんて優しいものが含まれてないこと。

それを望んでる俺が、一番愚かやってこと。

「…薫くん!?」

ぱらり、と頬を零れ落ちた涙。
滲んだ視界に、トシヤの慌てふためいた顔だけが残った。






「…ごめんね」
「何でお前が謝るん…」
「だって、俺が根掘り葉掘り聞いたりしたから…」
「……」
「はい、これ。飲んで、落ち着くから」

暖かい紙コップを握らされて、ゆらゆらと揺れる黒い液体に視線を落とした。
情けないことにトシヤの前でぼろぼろと泣いてしまった俺は、ようやっと呼吸を落ち着かせたところで。

「薫くん、ちょっと顔上げて」
「え…ッ!つめた…」
「ちょっと我慢して。冷やしとかないと目の周り赤くて大変だよ」

不意に押し当てられたタオル。
その向こう側に、トシヤの顔。

人懐こさを滲ませる瞳が、不意にあの人と被る。
何一つ似ているところなんてないのに。
いつだって何をしていたって、脳裏に浮かぶのは彼のことばかり。
俺をこれだけ縛り付けるくせに、あの人は俺のものにはならなくて。

「薫くんはさ」

俺の足下にしゃがみ込んで、下から顔をのぞき込んだトシヤは
タオルで俺の目の周りを押さえながら静かに言葉を紡いだ。

「京くんのことが好き?」
「…」
「好きなんだね」
「…」

何も答えない俺に、トシヤは表情1つ変えることなく。
突然自分の指にしていたお気に入りであるラインのきれいなシルバーのリングを外すと、
何を思ったのかそれをそのまま俺の指に通した。

「トシヤ?」
「はっきりさせたいんでしょ?」
「え…」
「京くんの気持ち。わかんないから、泣いたんでしょ?」

じゃぁしばらくこのままにしてて。

トシヤはそう言うと、俺の指に嵌ったリングをそっと撫でた。






「…めずらしいやん」
「え?」
「えらくきれいな指輪してる」
「あぁ、これ…」

ベッドに体を沈められながらかけられた言葉に、俺は指先に視線を落として答えた。
鈍く光るシルバーのリングは、結局トシヤの意図することが全く読めないために外すわけにも行かず、
大人しくそこにおさまっていて。

「…トシヤの?」

じっとリングを凝視していたかと思うと、京くんは突然そう問いかけてきた。
特殊なデザインであるそれを、京くんが覚えてたとしても不思議はなくて。

「え、う、うん…」

素直にそう答えると、京くんは無言で手を離して自分の体を起こした。

「京くん………?」
「薫くん、もう今日は帰ってくれへん?」
「え?」
「そんな気分じゃなくなった」
「は?何それ…」
「帰って」

とりつく島もない物言いに、意味のわからない俺は頭に血が上って。

「わけがわからん!」

大声で怒鳴って、ベッドを降りる。
滅多に癇癪を起こさない俺に驚いたんか、京くんはきょとんとした顔のまま。

「もう二度とここには来ぉへんからな!!」

そんな捨て台詞と共に、力任せにドアを閉める。



いつかは言うべき言葉やったんや。



言い聞かせる。自分に。
はら、と音もなく流れる涙を拭って、暗い道をただ、直走る。



どうやって帰ってきたのか、それすらも覚えていない状態で。
俺は玄関先に座り込んだまま、両手で顔を覆って嗚咽を漏らした。

こんなところでこんな風に泣いている自分が、惨めで情けなかった。






翌日。
記憶が欠落したままの状態でいつの間にかベッドにいた自分を起こしたのは、
無機質な携帯の着信音やった。

「…はい…」
『薫くん!?ひでー声じゃん、どうしたの』

電話の向こうから、トシヤの声。
何でもない、と言いたいのに、声が出ない。

『いくら待っても来ないからさ、寝坊かなって。あ、もしかしてそこに京くんも一緒?うまくいった?』

京くんと一緒? ───そんなこと、あるはずがない。
うまくいった? ───何がどう、うまくいくって?

「京くんのことは知らんし、うまくもいってない。今日は休む。じゃ」
『え、ちょ、薫くん!?』

慌てた様子で名前を連呼するトシヤの声を無視して、電源を落とす。
仕事に私情を挟むなんて、ホントらしくない。

でも今日は、京くんの顔をまともに見れるわけがなかった。

携帯を握りしめたまま、ごろりとベッドに寝転がる。
かつん、と硬質な音がして、見てみるとトシヤの指輪が携帯とぶつかった音やった。



…これが発端か。



このままじゃ辛いと思ってたのに、このままやったらあかん、ちゃんと言わなって思ってたのに。
結局引き金を引いたものを恨んでしまうなんて、なんて勝手なんやろう。

指輪を引き抜いて、ベッドサイドのテーブルに置く。

ひいたカーテンの隙間から零れる光に、微かに目を細めて。
その眩さから逃れるようにして腕で目を覆うと、そのまま意識を落とした。






「…おる、薫」

ゆさゆさと揺さぶられる感覚に、意識を引き戻される。
少しだけその感覚が、イった後意識を失った俺を呼んでるときの京くんの声に似てる、なんて思いながら
うっすら目を開くと、目の前に



───京くん



「な…」

目を見開いて起きあがった俺の前にある京くんの頬には、見事に殴られた痕。
時間が経ったのかそこは紫色に変色していて。

無意識のうちにのばしていた手でそこに触れると、京くんが微かに頬を歪めた。

「あ、ごめ…」

慌てて手を引っ込める俺。
そのまま俯いて視線を落とす。

何でここに、とか、何で殴られてるん、とか。
山積みの疑問符は、相変わらず声に出せないまま空気に溶ける。



どれくらい、そうしていたんやろう。

やっぱり俺が口を開かんと何も始まらへんのやろか、と思いながら、微かに口を開ける。
何を言えばええんやろ、と言葉を選んでいた、その刹那。



「………あのさ」

重い沈黙を破ったのは、予想に反して京くんの方やった。






『とりあえず、一緒に来てほしいんやけど』


その一言で京くんは俺を家から連れ出すと、行き先も知らせてくれへんままに
俺の腕を引っ張ったまま歩き出した。
腫れぼったい瞳の顔を見られたくなくて俯いたまま引っ張られてる俺は、
京くんが何をしようとしているのかもわからんくて。

しばらく歩いていた京くんは、不意に足を止めると、目の前にタクシーを停車させた。

「乗って」
「……何処行くん」
「…ええから」

やけに弱気な命令口調で、京くんが俺に車に乗るように促した。
1人でこんな所に立っているわけにもいかず、大人しく車に乗り込む。

運転手に小声で行き先を告げた京くんは、そのままシートに身体を預けて目を閉じている。
目的どころか、よく聞こえなくて行き先すらもわからないままのドライヴは、
今の俺にとっては不安要素以外の何物でもない。

だからといって口を開くのも憚られる雰囲気で。

遠出でもする気なんか、首都高に乗ったタクシーは横浜方面へと向かっている。
何でまた横浜?と思うが、理由なんて見あたるはずもない。



やたらと長く続いた気がするドライブは、やがて海の見える海岸沿いで終わりを告げた。






俺と京くんを下ろしたタクシーは、排気ガスだけをまき散らしてその場を立ち去った。
肌を撫でる潮の匂いを含んだ湿った風が、今自分たちのいる場所を知らせてくれている。

すっかり夜の帳が覆った海は、微かな光に照らされて波が輝くだけで、
後は闇だけがこの空間を支配していた。

「薫くん、こっち」

そう言って、突然手を握りしめられて。
いつもと違う京くんに、俺は心臓が飛び出るほど吃驚する。



…いきなり何やろ
昨日俺がいきなり感情にまかせて叫んだりしたから、ご機嫌取りでも考えているんやろか
それでまた俺を組み敷いて、欲望を満たして
そんなことを望んでる?



乾いた関係やな、と自嘲する。
そんなことを言われても絶対嫌だ、と言う気だった自分が、萎れていくのを自覚する。
…アホや、俺。ほんまにどうしようもない。

報われない想いを抱え続けたままのコイゴコロが、痛い。






「昨日さ」
「え?」

突然口を開いた京くんに、俺は慌てて顔を上げた。
相変わらず手は繋いだまま、何処に向かっているのか、京くんは海岸沿いを歩いていく。

波の打ち返す音と、足が砂を踏みしめる音だけが静かに響いていて。

「ごめんな」

零れ落ちた謝罪の言葉に、目を見開く。
滅多にそんなことを言わない京くんと、そんなことを言った京くんに対して驚きを隠せない。

何も言わない俺に何かを求めるわけでもなく、京くんは言葉を重ねる。

「これさ、トシヤに殴られてん」

これ、というのは間違いなく頬の紫色の痕で。

「何してんねんって。薫くんの気持ち知ってながら、弄ぶなんて最低やって。
 トシヤの指輪をしてるお前を怒鳴るなんてお門違いやって。
 捲し上げるだけ捲し上げて、突然拳やで?」

トシヤに手ぇあげられるなんて、考えたこともなかった。

そう、苦笑気味に京くんが呟く。
それよりも俺は、京くんの言葉の意味が気になって。



───薫くんの気持ち、知ってながら…?



「…ごめんな。ほんまは俺、薫くんの気持ちに気付いてた」

決定打を突きつけられるような言葉に、カッと頭に血がのぼる。



それじゃ、この人は、俺のことを本当に弄んで───



「殴ってええよ。…殴るぐらいで、薫くんの気持ちが晴れるわけでもないやろうけど」

こちらに顔を向ける京くん。
握りしめた手。爪が掌に食い込んで、痛い。

悲しい。くやしい。胸が痛い。
ぎゅっと、唇を噛みしめる。



───なんで俺は、こんな最低な人を好きになってしまったんやろう



「でも1つだけ言わせてほしい。…俺、薫くんのこと好きやから」



何を言い出すんか。
俺はさっきまで抱えていた怒りも何処かに吹っ飛ばしたままで、目の前の男を見据えた。

今言う冗談にしては、悪趣味すぎや。

「お前最低や。今更言うに事欠いて“薫くんのこと好き”?ふざけんのも大概にせぇよ!!」

ぶん、と拳を振り上げる。
鈍い音がしてめり込むはずであったそれは、空中で風を切って静止させられた。

掴まれる、腕。

「ふざけてなんてない。本気」

月明かりに照らされた瞳が、嘘ではないことを告げている。
でも、それでも。

「俺が…俺が一体今までどんな気持ちで…」
「悪かった」
「悪かったで済む問題やない!!」

二度目に振り上げた拳は、止められることなく京くんの頬を直撃した。
砂の上に倒れた体に乗り上げて、砂をぶっかける。

それでも京くんは自分に非があったからか、何も言わずに俺のことを見つめていて。

砂を掴んだまま、俯く。
いつの間にか頬を伝った涙が、ぱたりと京の着ていたTシャツに落ちて吸い込まれていって。

京くんは俺の頬に手を伸ばすと、上体を起こしてそっとくちづけてきた。

「ごめん、薫くん。こわかってん」
「…な、にが…」

泣いている所為で、上手く発音出来ない。
京くんはそんな俺の瞼にくちびるで触れながら、そっと俺の体を抱きしめてきた。

「薫くんに溺れていくんが。絶対に離してやれんくなると思った」

コントロールも自制も効かずに。落ちていく。

京くんの独白に、ちいさく唇を噛みしめた。

「そんなのエゴや」
「そうよな。俺もくだらんエゴやったと思うわ」

ごめんな

そう言って、ぎゅっと抱きしめられる。

「…それだけ?」

問いかける。
もう、抱かれた後に虚しい思いをせんでもええん?

「薫くん、好きです。俺と付き合って下さい」

こっぱずかしいくらいの甘い台詞に。
俺は吹き出すと、その首に腕を回した。

唇が触れる直前に、小さく返事を返して

くちづける。

「やっと笑ぉた」

京くんがそう言って、俺の身体を抱きしめたまま後ろに倒れた。
ころりと寝転がされて、くるりと回った視界。

空には満点の星と、眩くて儚い光の洪水。

「…あれは?」
「ん?海を渡った向こう側にある、大きなテーマパークの光」

行きたい?なんて耳元で囁かれて、くすぐったくて身を竦める。
のし掛かられて、口付けられて。

いつもの調子でシャツの中に入り込んできた手を、今の状態を思い出して慌てて押し止める。

「ちょ、京くん!あかんって、ここ外…!」
「ええやん、誰も来ぉへんって」
「いや、そういう問題じゃな…ッ!!」
「記念すべき恋人としての初エッチが外なんてロマンチックやない?」
「何処がやねん!!」

バカみたいに笑って。
抱きしめあって、口付けあう。

さっきまで抱えていた胸のつかえが、すっきりと消えていったのがわかった。






「ァ…ッ、ん……!!」

零れる、熱い吐息。
夏とは言えど、素肌に触れる海風はほんの少し冷たい。
潮独特のべたつきと汗が混じり合って触れる肌は、本当は不快なはずやのに何処か心地良くて。

「気持ちイ?薫…」

揺さぶられる感覚。
海の中を漂っているような錯覚に陥って、たまらずに京くんの体に手を伸ばす。

汗の匂いと潮の香りと京くんのニオイが混じって、おかしくなる。

「きょ…く、もっと………」

指先が流れた汗で滑る。
しがみついてたくて、その背中に爪をたてて。

「薫…」
「ん…ふ……」

想いが溢れて。
胸がつぶれそうに苦しい。

「好き、薫……」

甘い睦言。
ずっと望んでいた言葉。

「京…ッ」

やわらかく受け止める重み。温度。

頭のてっぺんから爪先まで、京くんに満たされて───






来た道を、行きと同じように手を繋いで戻る。
波の打ち返す音と、砂を踏みしめる音。
腰が重くて怠かったけど、それはそれで結構幸せなものかもしれへん、と他人事のように思う。

「体、平気?」
「え?」
「その、腰とか…」

今まで一度も気にかけてくれたことなんてなかったのに。めずらしい。

黙ったまま京くんを見つめていると、なんやねん、と
京くんが照れたようにそっぽを向いた。

「大丈夫やで」

きゅ、と繋いだ手に力を込める。
行きは背にして見えなかった遊園地の泡沫のライトが、やけに淡く滲んで見えた。

「なぁ、京くん」

砂の向こう側にのびる、はしゃいだ恋のシルエット。
これが幻想でないように、どうかもう一度───

「キスして?」






Kiss me agein?

 

END

 

京くんがちょっとひどい人になってしまっ…苦笑
モチーフはpillowsの曲です ほんまに大好きな曲なんですよ
モテモテの女のコに恋する男のコのことを歌った曲です
タイトルはまた同じアルバムの別の曲からとったんですけど、
どっちもいい曲なんです

読んで下さって、ありがとうございました