愛しさのつれづれで

かき鳴らす六弦に

不器用な指が絡んで震えてる

 

つよがり

 

それがあの人の『つよがり』だと気付いたのはいつやったんやろう。

凛と構えた姿勢に見え隠れする儚げな後ろ姿。
周囲からの期待や羨望を、細い肩に抱えたまま走り続ける、そんなあの人が時折見せる『つよがり』。

決して甘えるわけでもなく。
決して周囲に悟らせることなく。

あの人は、笑っていた。



でも、俺はわかってしまった。

どんなに上手な笑顔の仮面で隠しても、あの人が―――薫くんが、見えない壁でバリアを張ってることを。

本当は心の中を、不安や泣きたい気持ちでいっぱいにしていたことを。






「薫くん…」

真夜中、12時。

潜り込んだベッドの中、蚊の鳴くような頼りない声で、あの人の名前を呼んでみた。

見えないバリアに気付いたから。
本当は不安でいっぱいだから。

それに気付いたからと言って、一体俺は薫くんに何をしてあげられる?






「…それは思い上がりだよ、ダイくん」

昼間、トシヤに言われた言葉。

「誰に何をしてあげられるか、じゃない。自分は一体何が出来るか。
 その出来る限りのことをしたらいいんだと思うよ」

例えば、と一度言葉を切ったトシヤが、手元の煙草に火をつけた。

「もしダイくんの言ってる相手が、今すぐダイくんに家を買ってって言うとするだろ?」
「いや、んなことは言わへ…」
「例え話だよ。もしもそう言われたとき、ダイくんは今すぐに家を買ってあげられる?」
「それは…無理…かな……」

してあげたいけど、出来ることと出来ないことがある。
それこそ、してあげたいことだけをあげたら山のようにあるけど。
でも例えその全てをしてあげられたとしても、相手からしたら嬉しくないことだってきっとあるわけで。

「一番ベストなのは、相手が望むことを、自分が出来る最大限の力でもって叶えてあげることじゃないかな」

好きな人にはやっぱり笑顔でいて欲しいだろ?と、トシヤが照れくさそうに微笑む。
紫煙の行方を辿るように投げられた視線がうつしているのは、きっと無機質な天井なんかじゃないはずで。

「…トシヤには、おるんや?そういう人」

その笑顔が、瞳が、あまりに優しくてやわらかだったから。
思わず、聞いてしまった。

俺の言葉に、トシヤはようやく此方に視線を向けて。

「いるよ。大事な人」

真摯な瞳でそう告げられる。

「今まで両手以上の人数と付き合ってきたけど…あいつだけは、特別。俺もさ、こんな気持ちになったの初めてだよ。
 大事にしたい、泣かせたくない、いつだって笑っててほしい。…こんなに人を想うことが出来るなんて思ってもみなかった」

トシヤの恋愛遍歴は多少なりと知ってたつもりだっただけに、そんなトシヤから飛び出た言葉に驚愕しなかったと言ったら嘘になる。
でも、そんな驚きよりも、そんなにまで想われている相手と、そんなにまで想う相手が出来たトシヤが少し羨ましくなった。

その相手が、意外すぎるほど自分の身近な人間だったのに気付くのは、もう少し後になってからやったんやけど。






相手のしてほしいことが、言葉というコミュニケーションなしでわかったらそれこそエスパーやけど、現実にはそんなことがあるわけがない。

「なぁ、薫くん」
「んー?」

普段と何ら変わらない、撮影の待ち時間。
ソファに身体を沈め、雑誌を読んでいた薫くんに、俺は思いきって声をかけてみた。

幸いにも楽屋には俺たち以外の人間はおらんくて。

「その…さ。あの…」
「…何やねん」

話しかけた割にしどろもどろな俺に、薫くんは怪訝そうな視線を此方に投げかけた。

「…………」

しばし落ちる沈黙。
ドアを隔てた世界の忙しない音だけが、余計に部屋の無音状態を助長させる。

「その………何か、してほしいこと…ない?」
「は?」

歯切れの悪い言葉に、薫くんが今度こそ怪訝そうに眉を顰めた。

「…なんや、いきなり。俺のギター勝手に使って弦でも切ったん?」
「いやいやいや、んなわけないやん!」

ついいつもの条件反射でツッコミ…って、ちがーう自分!

「いや、そーじゃなくて。その……」

うまく言葉に出来ない自分がもどかしい。
何やコイツ?という視線を相変わらず投げたままの薫くんの近くに、歩を進めて。

ソファに座ったまま、俺の顔を見上げてくる薫くんの体を、何も言わずに抱きしめた。

「な…!!ダイ……!?」

俺の突然の行動に声をあげる薫くんの頭を抱き込んで、胸に押しつける。
それでもなおじたばたと動き続ける薫くんの体を、根気よく抱きしめ続けて。

「泣きたいときは、胸くらい貸すから」

黒い髪からのぞく耳元に、小さな声で告げた。






「あんとき、墜ちたんよなぁ…不覚にも、この俺が、お前なんかに」

シーツの隙間から素肌をさらし、薫くんは両手を意味もなく持ち上げたままでそう呟いた。

「…何か不満なんですか」

上半身を起こし紫煙を燻らせたままでそう訊ねても、返事はない。
否定の言葉が返ってこない限りは、薫くんも享受してると考えて良いんやろう。

煙草を灰皿の上で揉み消すと、くしゃりと伸びた黒髪に指を通した。

多分、2人とも考えてるのは同じこと。

俺は薫くんの唇に自分の唇を近付けると、ゆっくりと目を閉じた。
暖かなオレンジの光の闇の中に、浮かび上がるシルエット。






孤独な夜を幾度か越えた夜。
薫くんは唐突に俺の部屋を訪れた。

それも、季節はずれの大雨の吹き荒れている真夜中。

髪からも雫を滴らせる状態の薫くんを慌てて家に引っ張り込み、風呂に押しやろうとすると逆に腕を掴まれて。
ぐぃ、と胸に埋められる顔。

俺の腕にすっぽりとおさまってしまうくらいに、薫くんの肩は細くなっていた。

濡れ鼠だった薫くんの服からうつった水滴が、俺の服を濡らして。
それが体温で生温くなり始めた頃、薫くんは意識を失うようにして眠ってしまっていた。

眠ってしまった人間を無理矢理風呂に入れることも出来ず、逡巡を重ねた挙げ句、俺はその体を抱き上げてベッドへ連れて行き。
濡れた服を何とか脱がせて、その体を毛布にくるむ。
それでも、かたかたと無意識に震える薫くんの体。

「………」

布団用のこたつがあるわけでもなく、初めからかかっていた暖房もそんなに意味をなしているわけではなさそうで。
俺はバサリとベッドサイドに着ていた服を投げ捨てると、そっと毛布の中へ体を滑り込ませた。

小刻みに震える体を抱き寄せてやると、擦り寄るように胸元に体を寄せてくる。

「……ん…」

小さくその口元から零れた声に耳を傾けてやると、つ、と前触れもなく頬を伝う涙。
それも一筋ではなく、幾筋も。

この人は、もしかしてずっと、こうして1人で夜を越してきたのだろうか。

誰もが羨望の眼差しを向ける「強さ」。
でもそれは、もしかしたらこの人なりの「つよがり」だったのかもしれない。






翌朝、昨日の大雨が嘘だったかのように、空はキレイに晴れ渡っていた。

「おはよう」

紅く腫れた目で瞼が重たいのか、まだ寝ぼけ眼な薫くんにそう言って微笑みかける。

「………はよ…」

たっぷり1分おいてからの返事。
―――そういえば、寝起きそんなに良くなかったなぁ、なんてそんなことを思いながら。
俺は微笑むと、ベッドから体を起こした。

「…んで…服着てへんの……?」

舌っ足らずな口調で問いかけてきた薫くんに、昨日のことを掻い摘んで話してやる。
夜中、泣きながら眠ってたことは黙っておいた。

「風呂、沸かしたるから。ゆっくり暖まってき」

な、とくしゃくしゃになった黒髪を梳いてやり、ベッドを降りる。
脱いだズボンとシャツを簡単に羽織り、リビングへ向かおうとすると、ダイ、と小さな声で呼び止められた。

「理由、聞かへんの?」

振り返った俺に、問いかけられた言葉。
そう俺に尋ねる割に、薫くんの表情はどう見ても聞いて欲しい、という顔をしてなくて。

俺はリビングへ続くドアのノブに手をかけたまま、ええねん、と微笑んだ。

「え?」
「薫くんが話したくなったときに、話してくれたらええよ。無理には聞かへんから」

例えばこれが付かず離れずの恋の術やったとしても、俺は傍にいると誓ったやろう。
ただそのときは、抱えていた感情が恋愛感情に発展するとは夢にも思わず。

それでも、昨晩の涙を見て決めたことがあった。

薫くんがいつ電話してきても、
薫くんがいつ訊ねてきてもいいようにしておこうと。

つよがりなあなただから、
せめて俺だけでもいいから、弱音を吐いてほしいと。
そんな小さな願いを俺がポケットに入れて持ち歩いてるんやって、薫くんに知っておいてもらおうって。






「…優しいんやな」

弱く微笑む薫くん。
いつもの作った笑顔じゃない、本当に無垢な表情を浮かべた薫くんに、買い被らんでもええよ、なんて。
口ではそんなことを言いながら、実はその表情に俺の視線は釘付けになっていた。

薫くんに恋してるんやって、気付いたのはこの瞬間。






「薫くん」

あの時とは違う、自信に満ちた声で薫くんの名前を呼んだ。

孤独に感じていた夜を2人で分かち始めたことによって、少しずつ俺と薫くんの関係も変化して。
歩みを進めた俺に、薫くんは焦ることなく自分のペースで、一歩ずつ俺との距離を縮めていった。

重ねていく時間。
真っ直ぐに向き合ってくる瞳と、抱きしめた体。

あの頃感じていたバリアはキレイに消え去り、つよがりも捨てたあるがままの姿で薫くんは今、俺の傍にいてくれる。






今でも不安になることはあるやろうけど。
薫くんはもう決して1人で泣いたりしない。

そんな夜は俺が強く抱きしめたるから。

涙でしょっぱいキスの後は、2人で甘い夢を見よう。

 

END