The thing left behind of summer

 

「今日は、風が涼しいな」

薫くんが視線を窓の方に向けながら、そうぽつりと呟いた。

「うん。最近暑かったもんねぇ…」

昼も夜も関係なしでエアコンをつけっぱなしだった連日のコトを思い出す。
その時のことを思えば、今窓を開けているだけで涼しいなんてホントにスゴイことで。

「少し、外出てみない?」

そう、薫くんに訊ねてみる。

「外?何処行くねん、こんな時間に」

もう、深夜も深夜。
2時を少しまわったところだった。

「屋上。少しだけ、行ってみよ?」

普段季節の変わり目に接する生活なんてしていない俺達だから。
せめて、それが感じられるときに感じておきたくて。

「ったく、しょうがないなぁ…」

そんな風にため息をつきながらも、薫くんがソファから腰をあげてくれた。
しょうがない、なんて口では言いながらも、結局この人は優しくて。
俺はつい、その優しさに甘えてしまう。いつも。

「トシヤー。行くぞー」

少しの感傷に浸っていた俺に、いつの間に玄関に向かったのか
向こう側から薫くんの呼ぶ声がする。

「あ、うん。すぐ行く!」

俺ははた、と現実に帰ると、煙草と灰皿、ライターだけを
慌ててポケットにねじ込んだ。



深夜のマンションは本当に静かで、足音だけが静かに響く。

「あ、薫くん見て。満月」

ふと階段の踊り場で空を見上げた瞬間、目に入ったのは綺麗な満月。
薫くんが目を細めて空を見上げる。

「今夜は絶景やな」
「だね」

そんなことを言いながら、屋上までの階段を一歩一歩上がっていく。

キィ、と屋上に続く柵を開けて中に入り込む。
案の定、というか、当たり前、というか、そこにはやはり誰の姿も見えなくて。

隅っこの壁に凭れこんで、2人並んで月を見上げる。
ずいぶんと涼しくなった風に肌を撫でられながら、ぼんやりと空を見つめて。
しばらくして、薫くんが小さな声で俺の名前を呼んだ。

「火、くれる?」

月明かりに照らされた薫くんの仕草を目で追いながら、
くわえられた煙草の先にライターを近づける。

―――カチッ

そう、音はするんだけど。
風があるからか、なかなか火がついてくれない。
しばらくして、薫くんがそっと煙草とライターのまわりを手で囲んだ。
風よけのおかげで、ようやく火がつく。

先端が赤く燃えているのを見ながら、灰皿を差し出した。
辺りは何の照明もなくて。
ただ、月明かりと薫くんの煙草の燃えている部分だけが明るい。

俺も煙草をくわえて、火をつけようとした。
が、やはり上手くついてくれなくて。
ちら、と薫くんの方を盗み見ると、煙草の先端を近付けてくれた。
火がうつったのを確認して、また離れて同じように壁にもたれ掛かる。

近付いた距離だけ。
薫くんの表情が、細部まで読みとれて。

火がついたのを確認するためか、軽く伏せられた瞳。
長い前髪が顔に影を落としていて。

…可愛いな。

そう、思う。
いい年したオトコに対する感想じゃないとは思うけど、
俺にはこの人がいつまでたってもそう見える。

紫煙を燻らせながら、薫くんを見つめていると。

「何?」

そっと顔を傾げて、薫くんがこちらを見た。
俺は煙草を灰皿の上に置くと、黙って薫くんの身体に手を伸ばす。

涼しい風は思ったよりも身体を冷やしていたのか、
触れ合った肌がひどく暖かく感じる。
その口にくわえられたままの煙草を抜き取ると、
俺はゆっくりと人差し指で、その頬の輪郭を辿って。

やがて、口唇に辿り着いた指先。
閉じられていたそこは、まるで誘うかのごとく薄く開かれる。
俺はそっと、指を薫くんの口内に滑り込ませた。

指先をやわらかく暖かい舌で刺激されて。
しんとした空間に、ぴちゃ、という薫くんの口から漏れる濡れた音が時折響いた。

俺はその行為をただ見つめているだけだったんだけど。
しばらくして、薫くんの口から指を引き抜いた。

まるで与えられていたおもちゃを取り上げられたかのような顔をする薫くん。

―――その顔に弱いんだよね…

俺は苦笑すると、薫くんの顔に自分の顔を近付けた。
鼻と鼻をくっつけて、微笑む。

「薫くん、可愛い」
「…可愛いゆーな」
「だって可愛いんだもん。俺バカだからそれ以外になんて薫くんのこと表現したらいいのかわかんない」
「……」

黙り込んでしまった薫くんに、吐息がかかるほど唇を近付けて。
小さく愛の言葉を囁いて、そのまま薫くんの口唇を塞いでしまう。

触れるだけのキスだけど。
触れている部分から伝わってくるぬくもりに、ひどく安心する。

先程と同じように薄く開かれた唇にそっと舌を滑り込ませてみる。
キスを誘う仕草は大胆なくせに、その表情はいつまで経っても無垢で綺麗なまま。
探り当てた薫くんの舌に自分の舌を絡ませて、
息苦しさからか逃れようとする薫くんの頭を抱え込み、さらに深く深く口付けていく。

「ん、ふっ…」

飲み下せなかった唾液が、薫くんの頬を伝って流れ落ちる。
俺はようやく唇を離し、咳き込んでいる薫くんの背中をさすってやった。
何やら悪態をつきながら、肩で息をついている薫くんに
宥めるように口付けを落としながら。

「ね、部屋帰ろ?」

誰よりも愛しくて、大切なひとに囁く。
閉じこめたい。あなたを、この腕の中だけに。

「…お前、我が侭」

ぎゅ、と鼻の先を摘み上げられて、いてぇ、と根を上げる俺を見てか、
ようやく薫くんが笑う。



―――ねぇ、知ってる?

俺がまた、その表情に恋に落ちてるってコト



「…何度恋に落とせば気が済むんだか」
「? 何かゆーた?トシヤ」
「何でもー」

バレバレかもしれないけど。
でも、くやしいから薫くんには絶対言わない。






繋いだ手からじんわりと伝わるぬくもり。

恋に胸を焦がした夏は終わって
すぐそばに、秋の気配が迫っていた。

 

END