恋をするってな、そんなに綺麗なもんじゃないで?

 

TACTICS

 

きっかけはほんの些細な出来事やった。
休憩時間、たまたま目撃してしまった光景。

―――
女性スタッフと親しげに笑う、薫くんの姿

何でもない。そんなことは頭でわかってた。
疑いたいわけやない。
なのに…

かけようと思っていた声すらかけられずに、早足にその場を立ち去る。
じくじくと胸が疼いて。痛い。

覚えのある感情。これは。


―――嫉妬、や


俺は自嘲的に笑うと、戻ってきた楽屋で煙草をひっつかんで粗雑に火を付けた。



―――何泣きそうな顔してんの」

不意に声をかけられて、俺は俯かせていた顔を上げた。
斜め前に座っていたシンヤ。
膝の上には雑誌が開かれたままで。

「…お前には関係ない」

ふい、と顔を背けて、ソファに身体を沈み込ませる。
八つ当たりなのは百も承知やった。
けど、どうにも止まらんくて。

「…どうせ薫くんのことやろ」

ぽつりと、呟かれた言葉。
驚きに顔を上げてしまった時点で図星です、と言ってることに変わりはなくて。

「……やったら何やって言うねん」

まるで子供の態度だ、と自分でも思う。
八つ当たりの次は開き直り。
幼児退行してんな、と他人事のように考えて。

憮然としたままで、吸わないままに長くなった煙草の灰を灰皿に落とす。
吸う気も失せてしまい、そのままそれを捻り潰した。



しん、と静まりかえった部屋。
ドア一枚隔てた喧噪が切り離されたかのような空間に、ふ、と気が緩んで。

「…自分が自分じゃなくなっていく気がすんねん」

ぽつりと零した、弱音。
シンヤは相槌も打たへんけど、話を聞いてくれてるのは雰囲気でわかって。
構わずに口を開いた。

「疑ったり、欲張ったり、嫉妬したり。こんな自分がホンマに嫌やのに…」

好きやで、って薫くんは言ってくれる。
優しい笑顔をくれる。
腕を伸ばして抱きしめてくれる。

最初は見てるだけで良かった。
傍にいれるだけで良かった。
やのにいつの間にか、薫くんに対してひどく貪欲になっている自分に気付いて。

「女々しいこと言ってんのはわかってる。…けど、どうしたらええかわからへん…」

もっと、もっと、と。
伸ばしたら伸ばした分だけ、手を差し伸べてくれた薫くん。
そんな優しさに甘えて、甘んじて、いつの間にか。

万人に向けられるその笑顔すら、独占したいと思う自分がいる。

「こんな自分が、嫌いや…」

吐き出すようにして呟いた言葉。
こんなことを言っている自分ですら、本当は嫌いで。
消えたくなる。この醜い感情ごと。



無言のまま、どれほど時間が過ぎたのか。
本当はそれほど経ってなかったのかもしれへんけど、時計の音だけが響く空間は妙に居心地が悪くて。
微かに身動ぎしようとしたその、瞬間。

「!」

ふわりと頭を撫でられた。

「シ、ンヤ…」

驚愕して顔を上げると、ソファの前の机に腰を下ろしながら、シンヤは少し目を細めて。
続けてこう言った。

「恋をするってな、そんなに綺麗なもんじゃないで?」



「…え?」

その瞳に、からかう気配は全くなくて。
膝を抱えた俺の頭をくしゃりと撫でると、シンヤはその顔に少し大人びた表情を浮かべて口を開いた。

「人を好きになって、不安になったり、疑ったり。そんなん当たり前のことやん?
 綺麗なだけの恋愛なんて存在せぇへん。そうやろ?」

薫くんを好きになって。
ドキドキして、胸が苦しくなって。
一緒におる時間、俺が楽しいと思ってるみたいに、薫くんも思っててくれたらええのに、とか。
幸せな反面、不安に思うことだって、ある。

ふわり、と抱き込まれるシンヤの胸。
あぁ、やっぱり違うって思う。
薫くんの胸みたいに、あんなに安堵出来ひん。
匂いが違うとか、感触が違うとか、そういうことじゃなくて。
もっと、根本的に何かが違う。

「少なくとも、そういう感情を抱えてんのはダイくんだけじゃないみたいやで?」

耳元で囁かれた言葉。
え?と思って少しその胸から顔を浮かせると。

「ダイッ!!」

楽屋のドアを開けて呆然と突っ立っていた薫くん。
視線があった瞬間に、いつもは落ち着いた薫くんが取り乱したように声を上げて俺の名前を呼んで。

がば、と抱き寄せられる。
目を白黒する俺を尻目に、シンヤを睨みつける薫くん。
あ、あの、何か誤解してない…?薫くん…
対するシンヤの反応はといえば飄々としたもので。

「な?ダイくん」

そう言って俺に小さく目配せすると、シンヤはそのまま部屋を出て行った。

「ホンマ、手のかかるバカップルやわ」

廊下ではそんな呟きが聞こえたとか聞こえなかったとか。



パタン、と音をたてて、薫くんと二人きりにされた密室空間。

「え?え?薫くん…?」

テンパる俺を余所に、薫くんはその胸に俺を抱き込んだまま離そうとせんくて。

「………せんな」
「へ?」
「シンヤにも、他の誰にも触らせんな」

耳元に落とされた、強烈な独占欲。
少し力の緩んだ腕の中で顔を見上げると、憮然とした表情の薫くんと目があって。
そのまま口付けられた。

「渡さへん、絶対」

ぎゅぅ、と。
抱きしめるその姿は、とてもじゃないけど年相応のものとは思えへん。
けど。

「…うん」

露わにされた独占欲。
さっきまで俺が抱えてた想いを、薫くんも共有してくれてて。
それを俺に対して見せてくれる。…俺だけじゃ、ない。

そう思うと嬉しくなって。
俺は薫くんの背中に腕を回して、ぎゅっと抱きついた。



恋はそんなに綺麗なもんじゃないかもしれへんけど。

だからこそ、想いだけは純粋なんかもしれへん。

そんなことを思いながら、俺はぎゅっと、薫くんの身体を抱きしめた。

 

END

 

初薫堕威
堕威受けってマイナーなんですか??
個人的にはアリだと思う