STRAWBERRY

 

冷たく張っていた空気が緩和し、街中が穏やかな陽気に包まれ始めた時期。

「暖かいなぁ…」

仕事を終え、今日は休みで家で寝ているはずの京くんの元へ帰りを急ぐ。
きっとあのお姫様は、まだ窓際のベッドでぬくもりに包まれながら微睡んでいるんやろうと想像しながら。

ふと鼻先を掠める甘い匂い。
季節の到来を告げる鮮やかな花たちが、視界の隅に飛び込んでくる。

小さな、今まで気にもとめていなかったような花屋の軒先。

カッティングされた花たちが水滴を太陽の光に煌めかせ、くっきりと俺の目にうつって。
誘われるように、近付いていく。

赤、黄色、白、ピンク…
数え上げられへんほどの様々な色彩と形。

「何かお探しですか?」

花に見入ってたところに、頭上からふってきた言葉。
顔をあげるとそこには植木鉢の植物を抱えた店員さんらしき人が。

「あ、いや…」

曖昧に答えて、今まさに棚に並べられようとしていた植木鉢にふと目をやる。

「それって…」
「あ、これですか?見ての通り、苺です」

瑞々しい葉っぱの下、隠れるようになった熟す前の青い実たち。

「食べ頃はまだですけど。可愛いでしょう?」

ことりと棚に置かれた植木鉢。
ほんの少し、家の窓際に置かれた情景を想像して。

「これ、いただけますか?」

気が付いたときにはもう既にそう口に出していた。



「ただいま」

家へ帰って玄関に見慣れた靴が置いてあるのを確認しながらリビングを突っ切り、寝室へ向かう。
そこには案の定、カーテンの開け放たれた窓の下、ベッドで眠りこける京くんの姿があって。

すやすやと幸せそうな寝顔に俺は小さく笑うと、身を屈めて薄く開かれた唇にちゅっとキスを落とす。

「…ン…?」

目の前、薄く開かれた瞳。
どうやらようやく俺のお姫様はお目覚めらしい。

「おはよ、京くん」

くしゃりと長い前髪をかきあげて額に口付ける。

「…はよ、薫くん…」

寝ぼけ眼のまま、舌っ足らずな口調でそう返してきた京くんは、
ぼんやりと視線を彷徨わせていて。
しばらくして意識がはっきりしていたのか、シャツ取って、というくぐもった言葉が聞こえてきた。
言われた通りにベッドサイドに落ちていたシャツを拾い上げて手渡してやる。
怠そうに伸びながら起きあがった京くんは、赤い痕の残る肌の上にシャツを羽織ると、
煙草を取ってと視線で俺に促してきた。
手渡した煙草をくわえた京くんにライターの火を差し出してやる。
…ほんま、俺って甲斐甲斐しいよな…
そんなことを思いながら、紫煙を燻らせている京くんを見つめていると。

「それ、何?」

火のついた煙草をくわえて、京くんは俺の横に置いてあった白い袋の包みを指さしながら問いかけてきた。

「コレ?」
「うん」
「開けてみ」

開けている途中でひっくり返されたりしてはたまったもんじゃないから、底をしっかりと固定しながら包みを京くんに手渡す。
きらきらした瞳でのぞき込んでくる京くんの姿は、相変わらず無邪気で可愛いとしか表現する他なくて。

銜え煙草のままがさがさと包みを開けていた京くんは、中から出てきた緑色の植物を見て一言。

「…いちご?」

そっと植木鉢を持ち上げて、その青い実を見つめている。

「ン。近くの花屋さんで売っとってな…思わず買ってもぉたわ」

ここに置いたらええんちゃうかなって思って。

そう言って、京くんの手から植木鉢を取り上げて窓際に置く。

白い窓枠に、鮮やかな緑色の植物が映えて。
入り込んでくる太陽の光が、柔らかな印象を醸し出す。

「うん…よぉ合ってるやん」

ベッドの上、京くんの隣に座り込むとそう笑顔が返された。

「薫くん趣味悪いのにこれはイけてんで」
「うっさいって」

ぐさりと刺さる一言にむくれて見せれば、まぁまぁと逆に宥められて。

「水やらなあかんよなぁ?これってどれくらいしたら熟すんやろ?」

いつ食えるんやろなぁ?シンヤなら知ってるやろか?

話を逸らそうとしてるんか、鉢植えをのぞき込みながら京くんが独り言のように続ける。
なぁ、と笑いかけられて、思わず気が緩んだ。
その笑顔を見ているだけで買ってきてよかった、と思ってしまう俺は、
ほんまに京くんに骨抜きなんやろう。

「毎日見てたらわかるやろ?」

ずっと一緒におるんやから

京くんの体を抱き寄せて、その頬にちゅっと口付けを落としながら言う。

「……」

腕の中、何か言いたげに俺の顔を睨み付けてくる可愛い恋人。
大方、恥ずかしいことすんな、とでも言いたいんやろうけど。
赤い顔をしながら睨み付けられても、怖いどころか可愛いだけやで、京くん。

「熟れたら一緒に食べよ」
「………」
「な?」
「…………ん」
「約束な」

一言呟いて、そっと京くんの顔に自分の顔を近付ける。

唇に、触れるだけのキス。
離して、顔を見合わせて少し笑って。

またその唇を奪う。
ただ1つ、今までの口付けと違ったんは…

それが触れるだけのキスではなく、お互いを求め合う深いものであったということ。

明るい光が射し込む部屋の中、お互いだけを求めあって俺たちはシーツの海へ身を沈めた。



気が付けば日は傾きかかり、窓の外は赤く染まり始めていて。
隣では数時間前まで肌を重ねていた可愛い恋人が小さく寝息をたてていた。

まだ気怠さの残る体を起こし、煙草を手探りで探して。
火をつけて、しばらく燻らせる。

ふと、視界に入った植木鉢。
煙草をくわえたまま、そっとソレに手をのばす。

並ぶように2つなった、青い実。

「早く熟れたらええな」

な、京くん。
そしたらまた、喜ぶ顔が見れるやろうから。

灰皿の上で煙草を揉み消し、まだ起きそうにもない京くんの髪を柔らかく撫でる。
苺よりも甘酸っぱい何かが、胸を満たしていく気がした。

 

END

 

ちょっと季節がずれてしまいました…少し早かったネ
雰囲気的にはバスタブの早春バージョンって感じで
こちらの2人は相変わらず甘々で暮らしているようです