炭酸ソーダ
カラカラと、心地よい音を立てるビー玉。
「懐かしいの飲んでんやん」
「やろ?」
俺の言葉ににやりと笑って、そう返す京くんの手の中で振られているのは
昔懐かしいラムネの瓶。
夏の空のような、薄いブルーの瓶の色が涼しげで。
「薫くんも飲む?」
「うん、飲みたいなぁ」
仕事から帰ってきて、何をするわけでもないのに汗だくになっていた俺は
その魅力的な申し出に一も二もなく頷く。
クーラーを付けてへんかったリビングは、既に蒸し風呂と化していて
とてもじゃないけど居れる状態じゃなくて。
慌てて今日は休みやった京くんの部屋に避難しに来たら、クーラーのきいた室内で
ラムネを飲んでいる恋人を発見した、というわけやった。
「ええよ、好きなだけ飲み」
「飲み、ってどこにあんの?」
すすめてきた割には、座り込んだ窓辺から動こうとせぇへん京くんの言葉に
首を傾げている、と。
「ん?あぁ、そこ」
指し示されたのは、もうすっかり生活の一部になじんだ『バスタブ』やった。
「そこ、って………おぉ…」
言われるがままにのぞき込んでみると、白いバスタブの中には
ひんやりとした水が張られていて。
そこにはごろりとした氷と、京くんがすすめてくれたラムネがぷかぷかと浮かんでいて、
見ているだけでもかなり涼しげな光景が広がっていた。
「涼しげやろ?」
ちゃぷ、と水の中に無言で手を突っ込んでいた俺に
京くんがそう言って声をかけてくる。
「うん。なんかええな、こういうの」
「ラムネの下、見てみ」
言われるがまま、大量に浮かんでいた氷やラムネを押しのけてみる、と。
そこには緑と黒の丸い、夏の風物詩が佇んでいた。
窓辺に腰掛けた京くんの足下に座って、冷えたラムネを飲みながら
ぼんやりとバスタブを見つめる。
窓の外は今も強烈な太陽光線が降り注いでいるにも関わらず、
ガラス一枚隔てたこの空間はこんなにも快適で。
「あー……美味い」
「やろ?コンビニで売っとってさ、懐かしさに駆られてよーさんこぉてもたわ」
悪戯に成功した子供みたいな笑顔で、京くんが笑う。
「重かったけどな。美味かったからまぁええわ」
そう言って、2本目の瓶に手を付ける京くん。
その手元を目線で追っていると、ぷしゅ、と音を立てて栓が開けられて。
「なーんか、昔の方が開けるん大変じゃなかった?」
「あぁ、なんか昔ってやたら開けるの苦労したよな」
思ったよりも簡単に開いてしまう栓に拍子抜けしてふたりで笑う。
それは栓の開け方が昔よりも簡単になったんか、それとも自分たちが
あの頃よりも大人になったっていうことなんか。
「ビー玉もさ、絶対瓶割らな取れへんかったやんか」
「うん」
からからと、手の中で瓶を鳴らす。
冷たい液体で満たされていた瓶は、空になったせいか
手の中で生ぬるくなりつつあった。
「でもこれ、今って簡単に出せるねんで」
「え、そうなん?」
「逆ネジやねん。逆に捻ってみ」
少し力を込めて、飲み口を捻る。
すると、思っていたよりもあっさりと飲み口は外れて。
瓶を逆さに振ってみれば、ころりと掌に出てくる透明なガラス玉。
握りしめてみると、それはまだひんやりと冷たくて。
「ほんまや…」
「取れるか取れへんか、そのもどかしさが良かったのにな」
からん、と音を立てて、京くんが2本目のラムネを飲み干した。
窓から入ってくる真夏の太陽光線に反射して、ガラス瓶がキラリと輝きを放つ。
眩しくて目を細めた先には、笑顔でこちらを見つめている恋人の姿。
夏独特の光に象られた、色素の抜けた蜜色の髪がふわりと揺れて。
墨に彩られた腕を少し引っ張って、下から口唇を掬い取る。
ラムネのせいか、少し冷えた口唇が重なって。
「なんか、夏の匂いがする」
「ほんまやな」
京くんと過ごす夏がまた来たんだと、こういうときに思う。
こんな会話を交わすのも、もう何度目になるんやろう。
断片的に切り取られて増えていく、恋人との想い出。
愛しさと共に重ねたキスは、きっと数え切ることなんて出来んくて。
その身体を抱き寄せて、口唇を寄せる。
からん、と音を立てて指の中を滑り落ちていったビー玉。
幸せそうに口付けを交わす俺たちの姿を映したそれはゆっくりと部屋を転がり、
やがてバスタブの足下で所在なさげに佇んでいた。
END
ラムネの話ですが、ホントはタイトルの『炭酸ソーダ』から
インスピレーションを受けて書いた話。
ちょっと時期はずれてるけど、まぁご愛敬ってことで。爆。
ちなみに僕は炭酸飲めません(何)