月が高い位置にある時間、帰ってきた自宅。
電気のついていない部屋は暗く、窓から差し込む月明かりを頼りにスイッチに手をのばす。
ぱち、という小さな音の後、一転して明るくなる室内。
そして、何気なく視線を向けた先、ソファの前で。
「薫くん、おかえりなさい」
フローリングに座っていたトシヤが、そう言って笑った。
真っ赤な花
「おまっ、何して…!?」
電気をつけた途端いきなりおるもんやから、思わず取り乱して早口にそう訊ねると、
トシヤは屈託のない笑顔でけらけら笑って。
「びっくりするかなーって思ったんだけど。まさかそんなにびっくりしてくれるとは思ってなかった」
そう、涙目になった目を擦りながら言う。
誰もおらへんと思って帰った家に誰かおったらそれはそれで驚くやろ、普通。
「ってか、靴気付かなかったの?」
「足下なんか見てへんて」
振り返った先、玄関には荒っぽく脱ぎ捨てた俺の靴の隣にちょこんと行儀良く並んだ見覚えのある靴が並んでいて。
ふぅ、と溜息をつくと、俺はかけていた鞄を肩から外してソファに投げた。
「で、どないしたん?」
ソファの前のガラステーブルの上には白い大きな箱と小さなカクテルの瓶が並んでいて。
なんや?と首を傾げる俺に、トシヤはクスリと笑って謎を解き明かしてくれた。
「今日、薫くん誕生日デショ」
「へ?」
言われて鞄の奥底に閉まっていた携帯電話を取り出し、ディスプレイを見てみれば…
『2月17日』の文字がくっきりと浮かび上がっている。
忙しさにかまけて、そんなことをすっかり忘れていた。
「薫くんって仕事離れるとほんっと日にちに頓着なくなるよね。
自分の誕生日だってのにサ」
苦笑気味に笑いながら、トシヤが白い箱を開けて中からケーキを取り出してくれる。
小さいホールのチョコレートケーキ。
それはいつか俺が食べてみたいと言っていたもので。
「…覚えてたんや?」
柄にもなく少し感動を覚えながらそう口に出すと、トシヤがこくりと照れたように頷いた。
「せっかくの誕生日ケーキなんだから、薫くんが食べたいものを買ってあげたいなって思ってね。
あ、ジッポ貸して?今俺のオイル切れててさ」
ケーキの上にさされた、長いロウソク。
トシヤは俺からジッポを受け取ると、火を付けてロウソクに灯した。
「はい、ありがと」
手のひらに返されたジッポ、揺れるロウソクの炎の向こうでトシヤがやわらかく微笑んでいる。
「薫くん、消して」
早く、と。無垢な笑顔で、笑う。
俺は黙って、言われるがままに火を吹き消した。
「誕生日おめでとう」
ぱちぱちぱち。
手を叩いて、微笑むトシヤ。
クリスマスやとか、バレンタインやとか。
昔からそんなに熱心になれんくて、当時付き合ってた彼女によく怒れてた。
自他共に認めるワーカーホリックなおかげで、自分の誕生日やって
今の今までほんまに忘れとった。
昨日京くんの誕生日やったっていうのにな。
けど、お前は覚えててくれるから。
俺はお前っていう存在に安心しきってるんかもしれへん。
「…さんきゅ」
「うわーめずらしい。薫くんがそんなに素直にお礼を述べるなんて…明日雨なんじゃないの?」
「うっさい!」
「うわっ、ごめんなさい!痛いって!!」
そうしてじゃれあった後、ホールのケーキを切り分けずに2人してフォークでつついて。
机の上に並べられていたカクテルが時間の経過と共に1本、また1本と減っていく。
あんまりこういう甘い酒は好きじゃないな、と思ってたけど。
たまにはええんかもしれへんなぁなんて考えながらまた瓶に口をつける。
そのときの俺は、雰囲気に流されてカクテルはアルコール度数が高い割に口当たりがいいのを失念していて。
目の前のトシヤがどんどん酒が進んでるのにも気付いておらず、
おかしいと思ったときにはもう遅かった。
「薫くぅんv」
「へ!?…って、オイ!」
瓶を握ったまま突然こちらにしなだれかかってくるトシヤ。
真っ赤な顔。焦点の合ってない瞳がこちらをぼんやりと見つめて。
「んゅー?」
「飲み過ぎや…。ったく、どんだけ飲んでん?」
とりあえずその瓶をよこせ、と中身が零れかけていたカクテルの瓶を取り上げ、机の上に置く。
「薫くーん」
「なんや、酔っぱらい」
「ひでぇー俺酔ってないもーん…」
酔っぱらいの常套句を吐いているヤツが何を言うか。
「ねぇプレゼントー…あげるから、寝室まで連れてってー」
「は?寝室?」
「そぉー早くっ!!」
首に手を回し、そう言って俺に抱きついてくるトシヤの身体をやれやれと溜息をついて起きあがらせた。
酔った時のコイツの機嫌を損ねるのはあらゆる意味で厄介や。
こんな状態で拗ねられると手に負えへんし、と思いながら伸ばされた腕を引っ張って。
長身のほそっこい、でも昔に比べたらしっかりした体つきのトシヤに肩を貸しながら、
体格の差を思い知って結構凹む。
抱き上げて寝室まで連れて行ってやれたらええんやけどな。
あいにくそれは叶うはずもなく。
寝室の前についたはいいものの、両手がふさがってドアを開けられない俺は、
大人しくずるずると引きずられてきたトシヤに声をかけた。
「トシヤ、悪いけどドアあけて」
「んー」
がちゃ、という音の後、開くドア。
そこから漏れた噎せ返るような甘い匂いに、思わず眉間を寄せる。
「…何…やけに甘い匂い……?」
とりあえずベッドにトシヤを下ろすと、下敷きになった手に何かが当たるのがわかった。
暗い闇の中、白いシーツに黒いコントラストを生み出している小さな…破片のようなモノ。
「…?」
不審に思って、ソレをカーテンの隙間から入ってくる月明かりに透かす。
感触と、カタチ。それは。
「花びら…?」
闇に慣れた目でよくよくシーツの上を見つめると、一面に花びらがぶちまけてあって。
ようやくドアを開けたときに匂った甘い香りにも合点がいった。
でも、なんで…?
「トシヤ?」
花びらを下敷きにしたまま、目を擦っているトシヤに声をかけると、んー?という生返事の後。
「気に入った…?」
そう、舌っ足らずな口調で問われる。
「いや、気に入ったというか何というか……」
「薫くんさぁー、前にバラの花びらぶちまけた上でやってみたいって言ってたじゃん…」
酔った勢いでそんな話をしとったこともあった気がする。
バラの花びらの浮いた風呂がロマンチックだとかどうとか、素面じゃとてもできひんような話を
大真面目に語った、確かにその覚えはあるけど…
「だからー。俺からのプレゼント」
はい、と俺に向かって差し出される手。
微笑むトシヤは、今までで一番と言っていいほどに妖艶な表情をしていて。
「…鮮度が一番ですから。新鮮なうちに食べちゃって下さい?」
そう言って、誘う。
一瞬目を見張ってた俺やけど、すぐに口元に笑みを刻むとその体に跨って。
「イタダキマス」
ケーキより甘い、プレゼントに手をつけた。
「んん…っ、ふ……」
まだ微かにカクテルの香りを残す口内を蹂躙する。
いつもより積極的に絡められる舌に、応えるように舌を絡ませて。
「いつもよりお前…熱い…」
火照った頬に手を滑らせると、冷たかったのかびくりと体を竦ませるトシヤ。
アルコールのせいかいつもより敏感な反応に、俺はにやりと唇に弧を描く。
耳朶にわざと音を立てながら口付け、服の裾から手を差し入れると、俺の腕を縋り付くようにトシヤの手が掴んで。
俺は一度その手を外させると、閉めきっていたカーテンを一気に開けた。
「ちょ…っ!?」
驚きに声をあげるトシヤの体を、上から押さえつけて。
「電気付けてるわけやないんやし。ええやろ?」
「よくな…ぃあッ!?」
障害物なく差し込んでくる月明かりに、トシヤの肌が青白く映し出される。
おそらく真っ赤な色をしているのであろう花びらは、影と相成って黒に近い色に見えて。
白いシーツに撒き散らした花びらの如く、トシヤの肌にいくつも鬱血の痕を残していく。
白い白いトシヤの肌に、咲き乱れる赤い花。
その中でも一際色素を集めて赤く色付いていた突起を口に含むと、トシヤの口から甘い悲鳴が上がった。
「ひゃっん…」
「可愛い」
クス、と微笑みながらそう言うと、歯の硬質な感触を感じたせいか余計に悶えるトシヤ。
抜けきらないアルコールのせいか、今日はやけにトシヤの反応が素直で。
いつもより煽られていくスピードが速いのを感じる。
…自分もアルコールを口にしたせいなんやろか。
「薫く…っ、も…」
急かされるような声と共に、トシヤの胸に埋めていた顔を髪を掴んで持ち上げられる。
視線の先、潤んだ瞳に涙をいっぱいに溜めて何かを耐えるように唇を噛むトシヤに、
ずくん、と自分の欲望が音を立てるのがわかった。
「はやく…して…よぉ……っ…」
腰を揺らせて、俺の脚に熱を押しつけてくる。
俺は手を滑らせてベルトを弛めると、トシヤのズボンの中に手を差し入れた。
「ひゃ、あ…ッ!!」
「もう濡れてる…」
先端から根本まで指でなぞり上げてやると、すぐに指先が濡れて。
下着ごと一気にトシヤのズボンを剥ぐと、わざと音を立ててソコを愛撫してやる。
「は…あぁっ、薫……くっ………!!」
俺に抱きついて、必死に背中のシャツを握りしめるトシヤ。
耳元で囁かれる甘い声と、感じる熱い吐息に、次第に自分の理性が薄れていくのがわかった。
後少しで達する、というところで突然手をとめた俺を、トシヤは涙で潤んだ目で見上げてきて。
「やめないでよぉ…」
そう言って俺の手を掴んで自分の熱に導く。
情欲に濡れた瞳が、淫猥に俺を誘って。
「トシヤ、ちょっと我慢しろ」
「えぇ…っ、やだ……アッ!!」
次第に自分の欲望の制止がきかなくなっていって、でもトシヤを傷つけるのは嫌で、今すぐにでも
トシヤの中に自分の熱を突っ込みたいのを必死に押さえながら後ろに指を這わせた。
「ええか…力抜けよ…?」
「ふ…あ……ッ…!!」
トシヤの愛液で濡れた指を1本、中にゆっくりと滑り込ませる。
アルコールのせいで弛緩しきっているのか、いつもなら力んで痛みに呻くトシヤが、
途切れ途切れな吐息を吐き出しながら俺にしがみついてきて。
耳の後ろに口付けを繰り返しながら、指を増やして中をやわらかく解していく。
「薫く…も、いい、から……っ…」
早く、と。ロウソクの火を消すように促したときと同じ台詞をトシヤは言った。
でもそのときと違ったのは。
無垢な笑顔が、ひどく妖艶な表情だったこと。
重なり合わない2つのトシヤの顔がダブる。
「トシヤ…」
「ふあああっ…!!」
一気に突き立てると、その衝撃によってか、一際鮮やかな嬌声を上げてトシヤが達した。
「トシヤ…きっつ……」
「薫……く…」
縋るように伸ばされた手。
擦れあう肌が、今日はいつもより熱く感じて。
「…っあ、アアッ、も……と………」
体はとっくに限界を超えているはずなのに、そう言ってトシヤが強請った。
不自然なくらい開かれた足を固定したまま、さらに強く突き上げていくと、トシヤの口から零れる嬌声が更に甘みを増していく。
甘い汗の匂い、噎せ返るほど甘いバラの匂い、濡れた音、高いトシヤの声。
濡れた瞳、強請る台詞、背中に回された腕、時折立てられる爪。
全てに煽られて。
「薫…愛してる……」
掠れたトシヤの声が耳元で囁かれる。
それが、引き金となって。
トシヤの中で、俺は熱を爆発させていた―――
俺と同時に達した後、意識をとばしてしまったトシヤは、そのままくたっと俺の腕にもたれ掛かってきた。
濡れた音をさせてトシヤの中から自身を取り出すと、俺の出したモノがトシヤの内股を伝って流れ出して、
シーツや花びらの上にシミを作る。
とりあえず俺はトシヤを静かにベッドに横たえると、乱れた呼吸を落ち着かせるかのように深呼吸を繰り返した。
甘い花の匂いに混じって、行為後の独特の匂いが鼻につく。
「…今年は…してやられたな…」
まさか自分から強請るために酒を飲んで酔ったなんて。
誰がそんな風に考えつくやろう。
ほんまコイツには敵わんわ。
ふっと笑ってトシヤの体にシーツを被せ、壁に凭れてトシヤの髪に指を通す。
空いた片手、体を支えるために置いた手の下に花びらの感触があって。
指先で摘み上げ、光に透かす。
鼻先に近付ければ、甘い匂いがして。
食べたら甘い蜜の味でもするんやろかと思いながら、それを口に含んだ。
「…コイツの味がする」
クス、と笑って。トシヤの髪を撫でてやる。
甘い蜜=トシヤ。
俺だけの秘密の方程式。
俺はゆっくりと、トシヤを味わうようにその花びらを咀嚼した。
END
Kaoru , Happy Birthday To You xxx