reconfirmation
「あっ……は………ぁ」
締め切った部屋に、閉じこもる熱気。
薫は最早開けっ放しの口から零れ落ちる濡れた声を気にする余裕などなく、
ただ全身で与えられる快楽を享受していた。
唇を噛みしめないようにと銜えさせた指で、口内を掻き回して乱す。
「気持ちええ…?」
背後から抱きかかえられた状態で。
耳朶に歯を立てると、びくりと身体が震わせる薫。
甘く声もなく悲鳴を上げて。熱い吐息を零す。
肩から落とされた浴衣は既に意味をなしておらず、くしゃくしゃのそれに包まれた状態で。
胡座をかいた俺の上に力無く身体を凭れかけさせたまま、悪戯に身体をなぞる手の動きに翻弄されている。
鼻先を擽る畳の香りだけが、今自分たちが異空間にいることを知らせていて。
しどけなく投げ出した爪先で畳を蹴ると、薫は再び身体を大きく震わせて俺の口唇を求めた。
「っ、ダイ…ぃ…」
ぎゅ、と俺の微かに乱れた浴衣の胸元を掴んだ薫が、強請るようにして舌を差し出す。
そんな薫に目を細めながら、求められるがままに深い口付けを与えた。
普段はストイックで、どちらかと言えば淡泊な薫がこうして腕の中で乱れるのがたまらなく愛おしくて。
伸びた髪に指を通して絡め取りながら、その口内をやわらかく蹂躙する。
捩っていた首を打ち振って、足りない酸素を求めて肩で息をする薫の首筋に唇を落とす。
露わになった白い首筋はひどく蠱惑的で。
ちろ、とのぞかせた舌でなぞってやれば、抱きしめた身体がぴくりと震えるのがわかった。
「薫…」
「や、ぁ……っ」
脱がせた浴衣から見え隠れする胸の突起を指先でなぞると、その口から嬌声があがる。
声を気にする余裕もなくなった薫の手はぱたりと畳の上に落ちたままで。
俺はわざと音をたてて耳の後ろに吸い付きながら、唐突にまだやわらかい胸の突起に爪を立てた。
「ぅアっ………」
びくん、と身体を震わせて。
身体を仰け反らせて、俺の肩口に薫が頭を預ける。
露わになる、白い首筋。
刹那、噛み切ってやりたいというひどく凶悪な欲望が頭を掠めた。
時折思う。
腕の中の存在を、誰に見せるでもなく閉じこめてしまいたいと。
その目はいつも自分を映し、その口はいつも自分を呼び、その指先はいつも自分を求めてほしい。
ひどく自己中心的で幼い考え方。
それが叶わないなら、いっそ―――この手で、手折ってしまおうか
「ダ、イ…?」
動きを止めた俺を不審に思ってか、うっすらと閉じていた目を開いて此方を見つめる薫。
透徹した、意志の強いその目が好きだった。同時に、どれ程それを欲したか。
捕まえても捕まえても、水のように逃げていってしまう。
捕らえたと思えば、ふっとこの手を擦り抜けて。君は行ってしまう。
ここではないどこかへ。自分の腕の中ではないどこかへ。
いつか俺の元から去って、他の誰かの腕の中でこうして悦に溶けた顔を見せて。
そうして甘い声で名前を呼ぶのだろうか。舌を伸ばして、口付けを強請るのだろうか。
どうしようもない不安に襲われて、オフであるにも関わらず仕事場に向かっていた薫を連れ去って
名も知らない地へ降りたって。
連れ込むようにして入った宿の部屋に閉じこもったまま、確かめるようにしてその身体を抱いた。
最初は抗うようにして手を突っぱねていた薫も、途中からは俺の首に手を回してきて。
その、しぐさに。求められているということに、ひどく安堵した。
「薫…かおる……」
細い体躯を抱きしめる。
少し力を入れれば、折れてしまいそうなほどに頼りないその身体。
そんな身体のどこにあれほどまでに悲壮な覚悟を決めて、何もかもを背負い込んで気丈に振る舞っていられるのか。
傍にいる俺は―――こんな自分勝手な感情ですら制御出来ずにいるというのに。
動きを止めたまま、ただ痛いほどに身体を抱きしめていた腕の中で、薫は微かに身を捩って。
「ダイ―――」
ふわり、とその両手が俺の頬を包みこむ。
色素の薄い潤んだ瞳にうつる、泣き出しそうな自分の顔。
薫はふんわりと微かに微笑むと、羽が触れるような、やわらかいキスを落として。
「―――好きやで」
そうして、簡単に。
たった一言で、俺のくだらない感情を一掃してみせる。
余計な言葉なんて一切必要ない。
その存在を持って、薫は俺に愛することの尊さを教えてくれる。
―――この人を、好きになって良かった
嵐はいつか凪となり、緩やかに過ぎ去っていく。
その代償を全て一身に引き受けた薫は、隣で静かに寝息を零していた。
―――ホンマ情けな、俺…
数時間前の自分を思い出して、思わず自己嫌悪に陥る。
ひとり煮詰まって、それを薫にぶつけて。
普段から不必要な苦労まで買って出てる恋人に、自分がさらに苦労を積み上げてどうするんだと思う。
それを減らしてやりたいと願っているのに。一体俺は何をしているのか。
「ごめんな、薫…」
まだ乾ききらない涙の残る頬にそっと口付けを落としながら、伸びた髪をやわらかく梳く。
後始末も済ませて、脱がした浴衣もきちんと着せて。
布団にその身体を運んでも、薫が目を覚ますことはなかった。
その顔からは、濃い疲労の色が滲み出ていて。
激しい後悔の念が俺を襲う。
休日に身体を労るならともかくとして、こんな体力を奪うようなセックスをして。
一番辛かったのは、薫がそれを止めようとしなかったこと。
何もかも見透かしたような瞳で、俺を受け入れてくれたこと。
―――何で俺は、この人の愛情を疑ったりしたのだろう
疎かだったと思う。どうしようもなく。
薫はこんなにも真っ直ぐに、俺に愛情を向けてくれているのに。
それを思うと、やるせなくて。知らず、頬を水滴が伝った。
「ダ、イ…?」
静寂を切り裂くように、紡がれる名前。
声もなく息を呑んだ俺の頬に薫は手を伸ばすと、そっと目尻を指先でなぞって。
「おいで―――」
ふわりと抱き寄せられる。
俺に比べたら、そう広くもない肩に、胸。
それなのにこんなにも安堵するのは何故なのだろう。
一定のリズムで、やさしく叩かれる背中。
とくとくと胸元で規則正しく刻まれる鼓動。
そして。
「ダイ」
子守歌を歌うように、紡がれる言葉。
羊水の中をたゆたうような、暖かくてやさしい感じに包まれて。
すぅ、と目を閉じる。遠かった眠気が、ようやく今訪れて。
薫が言葉を紡ぐたびに、胸からダイレクトに音が伝わってくる。
「俺は、お前が思ってるほど強くもない。
お前がおるから、強く在れるだけや」
強く在れ、と。
ただ君の手を握りしめることしか出来ないけれど。
そんな俺を君が必要としてくれるのなら、いつだってその傍らに存在するから。
「好きやで、ダイ。―――おやすみ」
ふわりと額に口付けを落とされて、俺の意識は微睡みの中に落ちていく。
目が覚めたら一番に伝えるから。
どうか、もう少しだけ。
今は、このままでいさせて。
END