「うわー…すっげぇ雨。雷も鳴ってる…」

窓の外を激しく叩く雨音に、俺は煙草を銜えたままで視線をそちらに向けた。

 

First Quarter

 

「今日七夕なのにね」

携帯電話のディスプレイに表示されている日付を見て独り言を呟く。

七夕。
誰もが知っている織姫と彦星の話。
こんな雨じゃ、せっかくの一年に一度の逢瀬が叶わなくなるんじゃない?
俺はそんなことを考えながらもう一度、手元の携帯電話を見つめた。

待っている相手は、一年に一度の逢瀬なんかじゃ物足りないくらい、大好きな大好きな恋人なんだけど。
何せ相手は一筋縄ではいかないワガママで天の邪鬼な、彼。

鳴らない金属の塊を持て余して、もう一度窓の外を見つめる。
瞬間、ピカリと空が光って。
少し遅れて響き渡る、轟音。

「うっわ、サイアク……」

嫌そうに眉を歪めながら呟く。

「これじゃ、逢瀬なんて絶対無理じゃん…」

紫煙と共に湿っぽい溜息を吐き出して。
俺はもう一度、無駄だと思いながらも、センター問い合わせのボタンを押した。



数時間後。
轟音はすっかりやみ、雨も豪雨から霧雨へと変わったらしい。
それでも空が真っ暗なのには変わらず、月の形すら確認出来ない状態で、俺はもう一度窓の外を見つめた。

擦れ違いのスケジュール。俺だけがオフで、彼は仕事。
1人でこんなに暇を持て余すのなら仕事してれば良かった、と1人ごちながら手元の酒を煽る。
相変わらず、携帯には着信は疎かメールすら来ない。
仕事中にあんまり邪魔をするわけにもいかないと思い、あれから携帯はソファに放置したままだ。

「…京くーん…」

窓際の縁に腰掛けて。
こん、と空になった酎ハイの缶を床に置いて、窓に頭を預ける。

去年は何してたんだっけな。
そんなことをぼんやり考えながら、ただ時間が過ぎていくのに身を任せていた。

確かスタッフの子が笹持ってきてくれたんだっけ。
それで…あぁ、そうだ。みんなで笹に短冊吊したんだ。
ダイくんが何かバカなこと書いて…薫くんに怒られてたんだっけ、そう言えば。
顔を真っ赤にして怒っていた薫くんを思い出して、くつくつ笑った



―――その、瞬間。



ガチャ、と、ドアの施錠が外される音。
続いて聞こえてきた足音に、ゆっくりと視線をドアの方へ向ける。

「トシヤー?」
「京、くん…?」
「来たったでー」

何処か偉そうな笑みで俺の家に来たのは、待ちこがれていた、京くんだった。



「え、なんで?」
「なんでってお前、仕事終わったら来てくれだの七夕だから一緒にいようだのってメール送ってきてたやん」
「え、あ、そっか…」

そう言えば…と思ってソファの上に放りっぱなしになっていた携帯に手を伸ばす。
ディスプレイに表示された時計は、もう後数分で日付を超えようとしていて。

「後ちょっとしかないけどなー。織姫が拗ねてんやろー思て」
「織姫って誰だよ」

どっちかって言うと、この状態だと京くんが織姫じゃね?なんて。
口には出さずにそんなことを1人考えて笑いながら、京くんの身体を抱き寄せる。
抱きしめた身体から、ひんやり雨の匂い。

「雨降ってた?」
「あー…まぁ、ぱらぱら」
「そっかぁ…。織姫と彦星、逢えたのかなぁ…」

京くんの胸元に顔を埋めながら、呟く。
ぽんぽん、と俺の頭を撫でる京くんの手。

「逢えるで」
「何で?すごい雨だったじゃん」
「甘いなー、トシヤ」

くすくすと笑う京くん。
振動が、緩く預けた頭に伝わってくる。

「まずな、七夕って旧暦の7月7日やから。今日じゃないねんで」
「えぇ?」

突然そんなこと言われても…旧暦とかそんなのいつかわかんないし。

「それにな、七夕の日には、上弦の月が空にかかるねん。
 だから織姫は、その月の船で雨が降っても天の川を渡ることが出来るんやって」
「へぇ……」

月の船で、天の川を渡る。
そうして一年に一度、最愛の相手に逢って。

逢って、抱きしめて、愛を囁いて、それから?



きっと一緒にいる時間なんてあっという間で。
彦星は、織姫を手放す瞬間何を想うんだろう。
繋いでいた手を離して、また365日逢えない日々を、何を想って過ごすんだろう。



「…トシヤ?」

ぎゅう、と抱きしめた腕に力を込める。
俺には出来ない。
こんなに好きで好きで仕方がない京くんていう存在を、数時間傍に感じていられないだけでもダメなのに。
1年も離れて過ごすなんて。
俺には、出来ない。



不思議そうに俺の名前を呼んだ京くんの、前髪を掻き上げて口付ける。

「トシヤ?」

黒曜石みたいな、真っ黒な瞳。
そこに自分の姿が映っているのを見つめながら、そっと京くんの口唇に自分のそれで触れて。

抱きしめる。

京くんの匂い。ぬくもり。形。存在。
1秒たりとも手放せない。

どんな理由があろうと、彦星みたいに1年も我慢してるなんて、きっと俺には無理。



「ねー京くん」
「あ?」
「旧暦の7月7日は、一緒にどっか行こっかー」

バイクの後ろに京くんを乗せて。
ホントは長野に帰れたらいいんだけど、それが無理ならこんな喧噪からちょっと離れた場所に。
せっかくタンデム解禁になったんだしね。

織姫と彦星が逢ってる夜空を、もっと綺麗に星空がうつる場所で見上げようよ。



「今年は8月11日やで」

京くんが微笑む。

「来月じゃん」

そう笑って。
窓の縁に腰掛けて、京くんの身体を抱き寄せて空を見上げる。

いつの間にか、雨はあがっていた。






黒曜石みたいな真っ黒な瞳が、涙に濡れてキラリと光る。

「あ…ッ、トシ、ヤ……ッ!!」

黒色のシーツの海に溺れて。
白い肢体が、揺れる。

満点の星空より何よりも俺を惹きつけて放さない、光。
ただ眩くて。
目を細めても尚、その光は俺を浸食し続ける。

「トシヤ…!!」

京くんだけが、俺のすべて。
その眩さにこの汚れた瞳が潰されたって構わない。

「好きだよ、京くん……」

例えばその存在を手放さないかわりに自分の何かを失ったとしても。
俺は後悔しないよ。
だって、京くん以上に大切なものなんて、ない。

その存在を手放さないためなら、何だってするのに。
きっと俺が出来ることっていうのは少なすぎる。

それが時々歯痒くて。
自分の無力さに泣きたくなるんだよ。



それくらい、京くんていう存在は、特別で。大事なんだ。






「なんで彦星は、織姫を手放しちゃったのかなぁ」

俺の呟きに、シンヤはちらりと此方を一瞥して。

「…仕事せんかったからやろ」

そう視線も合わせずにぽつりと呟く。

「…マジで?」

まさか返事が返ってくるとは思わなかった俺は、ソファに転がしていた身体を起きあがらせてシンヤを見つめる。
それよりも、シンヤの呟いた言葉の方が気になって。

「仕事しなかったの?」

身を乗り出してたずねた俺に、シンヤは読んでいる雑誌からちょっと視線を上げて。

「いろんな説があるけど。
 結婚するまでは2人ともすごい一生懸命働く人たちやってんけど、結婚してからは仕事せんくなって、
 織姫の父親で天帝っていう星空を支配してた神様が怒って2人を引き離したん。
 それで1年に1度、7月7日の夜だけ、天の川を渡って逢うことを許して、2人はその日を楽しみに
 一生懸命仕事に励むようになった…ってのが一般的かな」
「…へぇ」
「さしずめ自分らの天帝って薫くんやないん?」
「は?」
「後ろ見てみ」

シンヤにそう言われて振り向くと、そこには腕を組んで憮然とした顔の薫くん。

「とーしーやー!いつまで油売っとんねん!!」
「へ?」
「ベース持ってブース入っとれゆーたやろ!お前仕事する気ないんやったらしばらく京くんと逢えへんようにするぞ!?」
「えぇっ!?それだけは勘弁!!」

薫くんの言葉に青ざめて、慌てて楽屋を飛び出してブースに移動する。
後ろからぐちぐち説教を垂れる薫くんに、逆らうことも出来ない俺。






…もしかして、織姫と離ればなれになった彦星もこんな気持ちだったのかな…






「シンヤ、お前の喩えナイスやわ」
「…やろ?薫くん京くんの保護者やしな」

楽屋でダイくんとシンヤがそんな会話をのんきに交わしていたとは露知らず。
俺は織姫…もとい、京くんと引き離されないように、必死に仕事に打ち込んだのだった。

 

END

 

…ギャグ?
真面目に七夕話を書こうと思ったのに、やっぱりこの有様…
すみません…
しょぼしょぼではありますが、一番最初にweb拍手でメッセージを下さった方にお捧げします
ありがとうございました!

七夕の伝説は本当にいろんな説があって、
・七夕の夜に雨が降るのは織姫が泣いているから
・雨が降ったら上弦の月がかかっても天の川の水かさが増して、つれない月の舟人が渡らせてくれず、
涙に暮れる織姫と彦星を見かねたかささぎの群が何処からともなく飛んできて、
天の川で翼と翼を広げて橋となり、織姫を彦星のもとへ渡す手助けをしてくれる
など、他にも様々なお話があります
昔から伝承される話っていうのは、いろんな人が語り継いでいくうちに少しずつ変わっていくんでしょうね
2005年の旧暦の7月7日は、カレンダー上では8月11日だそうです
その日は晴れるといいですね