「ダイくん、オレンジ剥いて」

隣でテレビの画面に釘付けになっていたはずの京くんが突然そんなことを言い出した。

 

オレンジ

 

「へ?」

DVDを見ているときはいっそ気持ちがいいくらい存在を無視してくれる京くん。
そんな京くんにいきなり話かけられると思ってもみなかった俺は、驚きのあまりかなり素な反応を返してしまう。
しかし、そのへんは全く意に介さずと言った感じで京くんは画面を見つめていて。
オレンジ?と思って視線を巡らせるも、辺りにそれらしきものは見あたらない。

「オレンジって…どこにあんの?」
「台所」

俺の質問にごくごく簡素な返事を返す京くん。
あの…少しくらいこっち向いてくれたって、ええんちゃうかな…京くん…
ちょっと寂しくなりながら、それでも文句は言わずに台所へ行く。

台所って、普通はあんまり他人を入れたがらへん場所よな。
それどころかよっぽど気を許さんと他人を自分のテリトリーに招き入れない京くんの自宅に
自然に溶け込んでる今の状況に気付いて、1人にやける。
あかん、こんなとこ京くんに見られたら何言われるかわからん。
緩む頬をぺちぺちと両手で叩いて、きょろきょろとそんなに広くはない台所に視線を彷徨わせると、
あまり使われた感のないシンクの上にオレンジ色の果物がころんと転がっているのを見付けた。

「どないしたん、コレ」

皿とオレンジを持ってリビングに戻るなり問いかけると、シンヤにもらった、と煙草の煙を吐き出しながら京くんが答える。

「シンヤに?」

何でまた、と首を傾げながら、硬そうな皮に爪を立てた。
ぷしゅ、と霧状の果汁が指を濡らして、辺りに柑橘系の香りが広がる。

「皮、かた……」

オレンジとかグレープフルーツとかって、必要以上に皮硬いよなぁ。
みかんくらい剥きやすかったらもっと食うのに、と独りごちながら分厚い皮を捲って。

「あ、実だけにしてな」

ようやく出てきた白い物体を一房一房に分解しようとしていたところに、かけられる声。
どうやら京くんは、一番食べやすいところまで剥け、と言いたいらしい。

甘やかしてんなぁ、俺…
そんなことを思いながら、綺麗に剥いて実だけになったオレンジを皿に盛っていく。

そのときになってようやく、こちらにちらりと視線をよこした京くん。
あぁ、食べたいんやな…そう思って少し笑ってしまった。

「はいよ、剥けたで」

最後の一房まで剥いて。

「ん、ありがと」

果汁でベタベタになった指先をぺろりと舐めながら、皿を京くんの方へ差し出す。
あーあかんわ。やっぱり洗わんとベタベタとれんぽい。
しゃーないなぁ、洗いに行くかと考えていると、なにやら視線を感じて。

「京くん?どないしたん?」

てっきりオレンジに意識をとられてると思ってた京くんがこっちを見ていたので、俺は首を傾げた。
まだ何かあるんか?

「………」
「京くん?」

俺の濡れた手を見たまま、一言も言葉を発さない京くん。
何なんやろ?と思っていると、つ、と腕に冷たいものが伝うのを感じた。

「うわ」

どうやら果汁が滴ったみたいで。

「ちょお手洗ってくるわ」

そう言って立ち上がろうとすると、突然ぐいっとその腕を引っ張られた。

「わ、ちょ、京くん!?」

腕に伝いはじめていた果汁。
その上を、暖かくてやわらかな感触がなぞった。

「…ッ!」

ちろ、と舌先をのぞかせながら京くんが上目遣いに俺の顔を見上げてくる。

「京、くん……?」
「………」

問いかけに答える声はない。
そのまま腕から手首、掌を舌でなぞられて、指先に軽くたてられた歯にぞくりと何かが背筋に走るのを感じた。

「…どないした、急に?したなったん?」
「………」

答えの代わりのように、音をたてて掌に口付けが落とされる。
ぺろりと唇についていた果汁を舌で舐め取る京くん。

その舌の後を追うようにして、京くんに口付けた。

「…ン…ッ」

柑橘系独特の酸味と、甘い香り。
貪るように口付けながら、俺は濡れた手のままで京くんの身体を抱き寄せる。
どうせこの手で触れたら確実に風呂行かなあかんしな、どっちも。

「京くん、風呂入ろか」

暗に風呂場でシよか、と言う俺の提案に、いつものような悪態は何一つ無く。
お互いの口唇を繋いだ蜜のように甘い銀糸を舐め取って、京くんは俺の首に手を回した。






「でも急にどないしたん、今日は。めずらしいやん」

コトが終わって、風呂から上がってから。
髪をわしわしとタオルで拭きながらミネラルウォーターを取ってきて京くんに手渡して、自分もその隣に腰を下ろす。
俺の問いかけに、ペットボトルのキャップを捻りながら素っ気なく

「別に。DVDおもんなかったし」

と答える京くん。

気紛れな京くんは、まれーに今日みたいにいきなり誘ってきたりする。
それに本人は気付いてないみたいやけど。

ま、俺としてはうれしい限りやしね。



「…何ニヤけとん、キモいで」

ペットボトルに口を付けたまま、京くんが下からじとっと睨んでくる。

「や、別に何も?」

手にしたペットボトルを取り上げて、京くんの身体を抱き寄せた。
オレンジとはまた違う、甘い香りが鼻孔を擽る。

俺をひきつけたまま離さない、京くんという存在を示すにはあまりにも甘い匂い。






そういえば、食虫植物とかって、匂いとか蜜で獲物を引き寄せるんやっけ?

もし俺が獲物で、京くんが食虫植物やったとしても。
たぶん俺は間違いなく、その傍へ近付くんやろう。

そうして京くんの中で消化されて、京くんの中で生きていく。

虫や食虫植物じゃない俺たちには、それは叶うはずのない願望やけど。






マニュアルを外れた恋愛の俺たちに、叶えられる願望はほんの僅かかもしれない。
でも、京くんさえいれば、それ以上望むものなんてない、から。

願わくば、その匂いにひきつけられるのが、どうか自分だけであるように。
俺はぎゅっと、その身体を抱きしめる腕に力を込めた。

 

END

 

果物ネタ第二弾はダイくんで。笑
ただ単に京くんのワガママをせっせと聞いて甘やかしてるダイくんが書きたかっただけなのに
何故食虫植物まで話が発展したのか…
計画性のない人間でスイマセン。爆
僕は好きですよ、食虫植物
あれこそ植物の進化の神秘だと思う