『今宵
あなたを攫いにゆきます
あなたのナイトより』
ナイト・エスケイプ
「…何やコレ」
インタビューが終わり、一服でもしようと楽屋へ戻ったときのこと。
自分の鞄に見覚えのない白い封筒が差し込まれているのに気付き、差出人の名前すらないそれを訝しみながらも開封してみた。
中から出てきたのは、白いカードが1枚。
折りたたまれていたカードを開いてみると、そこには見覚えのある字が並んでいて。
「…何が『あなたのナイト』やねん…」
十中八九間違いない、差出人であるヤツの顔を思い浮かべながら1人ツッコミ。
わざわざこんな封筒やカードを用意して何を企んでんねやろ、と思いながらももう一度カードに視線を落とす。
男にしては几帳面な文字。
無意識のうちに、それをゆっくりと指先でなぞって。
不意にドアの向こうに足音が聞こえてきて、俺は慌ててカードを封筒に戻して鞄に突っ込んだ。
「あ、薫くんお疲れさまー」
「あぁ、お疲れさん」
休憩にでも行っていたのか、誰もいなかった部屋に続々とメンバーが戻ってきて。
渦中の人間であるダイも、トシヤと一緒に戻ってきていつものようにじゃれあっている。
何とはなしにそれを視線で追っていると、不意に目があって。
他の人間には気付かれないように小さく微笑まれた。
『気付いた?』とでも言いたげな、その笑顔。
「…っ」
思わずその笑顔に飲み込まれそうになって、視線を逸らす。
落とした視線の先には、件の封筒が入ったままの自分の鞄。
柄にもなく動揺して、頬が赤く染まっていく。
「薫ー?いるー?」
瞬間、がちゃりと音をたてて楽屋のドアが開かれて。
マネージャーに名前を呼ばれて、これ幸いとばかりに部屋を後にする。
俯いた状態でも気付いていた、ダイの視線。
恥ずかしすぎて居たたまれへんかっただけに、マネージャーの呼び出しはまさにナイスタイミングで。
何気ない風を装いながら、出て行く瞬間ちらりと振り返る。
絡んだ視線。
アトデ、と、ダイの口唇が小さく動いて、俺は顔を赤くしたままで部屋を出て行った。
何こんなことで動揺してんねん、と思う。
今更そんなことで照れたりする柄でもないくせに。
「情けな、俺……」
はぁ、と溜息をつきながら、右手に持ったコンビニの袋を持ち直す。
それから仕事が立て込んどって、ダイと一緒になることはなかった。
マネージャーには顔赤いけど何かあった?って突っ込まれるし、やたら時計を気にしてまうしでほんまそわそわしとって。
らしくない、と自分でも思う。
たかだか紙切れ一枚の言葉に動揺して。かき乱されて。
「はぁ……」
溜息をつきつつ、玄関の鍵穴に鍵を差し込む。
瞬間、背後に人の気配がして。
「誰…!?」
身の危険を察して、はっと身構えた。
顔を見る隙もなく抱き込まれて。
変質者か!?と腕の中で藻掻いていると、不意に身体を包んでいる香りがひどく自分に馴染んだものであることに気付く。
「迎えに来たで、お姫様」
耳元に落とされた、少し甘めの低い声。
「ビビったやんけ、アホ……」
ほーっと安堵の息を吐きながら、その胸に顔を擦り寄せて。
小さく毒づいて、俺はダイの背中をぎゅっと握りしめた。
結局家に入れてもらえずに、引っ張られるがままにダイの後を歩く。
「何処行くねん。てか、手ぇ外せやお前」
未だ掴まれたままの腕を外そうと藻掻くと、まぁまぁ、とか言いながら一向に外してくれようとせぇへんダイ。
誰かに見られたらどないすんねん、とぶつくさ言いながらも悪あがきを続ける。
けど、やっぱり解放してくれる気はないみたいで。
溜息をつきつつ、ダイのもう片方に提げられた細長い袋に視線を落とす。
コンビニの袋でもなく、見たことのない形状の袋に首を傾げつつも何それ?とたずねると
内緒、とダイが意味ありげに答えた。
「内緒内緒って何やねん。お前さっきからそればっかりやん」
何処に向かっとうかもわからへんし、と言うと、ダイが微笑んで。
「だって俺薫くん攫ってんねんで?行き先とか言うわけないやん」
そんな訳の分からん屁理屈を並べられる。
「…意味分からん…」
ぼそっと呟いた言葉に、ダイがまぁまぁ、と宥めるように笑う。
お前、ほんまさっきからそればっかりや!
しばらく歩いてダイが入っていったのは、住宅街の中にある小さい公園やった。
「…何すんの」
こんなとこで、ときょろきょろしながらたずねると、ちょぉ待っといて、とダイが姿を消して。
ほんま今日はアイツの考えてることがさっぱりわからん、と思いながらも闇の中で慣れた目で辺りを見回す。
遊んでいる子供の姿のない、少し寂しげな遊具たち。
風に煽られて、キィ、とブランコの金属が鳴っている。
「お待たせ」
「ほんま遅……」
文句を言ってやろうと振り返った先、ダイの手には何故か水の張られたバケツ。
「…何すんの?」
「ん?…花火」
にやりと笑って。
ダイが細長い得体の知れない袋から取り出したのは、束になった手持ち花火やった。
セロハンテープで種類毎に分けられたそれを、1つ1つ取り分ける。
中からはご丁寧にろうそくまで出てきて。
用意周到なそれにツッコミを入れると、何でも遅くまで開いている店をトシヤに教えてもらって
買いに行くために俺より先にスタジオを出たらしい。
「夏やけどさ、俺らあんま普段季節感じることしてないやん?」
「あぁ、まぁな…」
「薫くんもずーっと室内こもりっぱなしやったし。たまには外に出なあかんよな、と思って」
「それで花火?」
「まぁ、何でも良かってん。薫くんを、外に連れ出したかっただけ」
「………」
何でもないように、話すダイ。
でもそんな言葉の端々に、痛いくらい自分を想ってくれているのがわかって。
愛されてるんや、と思う。
直向きに、純粋に。
恥ずかしくなって、返す言葉も思い浮かばずに黙り込んだ。
「よし、解き終わった!はい、薫くん」
「え、あ、うん」
ぱ、と花火を渡されて。
条件反射のように受け取ると、ダイがにっと笑ってろうそくに火をつけてくれた。
「よーさんあるからな、楽しまな」
そう言ってダイが、自分も花火を取ってろうそくにかざす。
風でゆらりと炎が揺れて。
しばらくして、手元が明るく照らされ始めた。
懐かしい、夏の匂い。
鮮やかな火花と、煙が辺りを舞って。
「薫くん、早う」
ダイが笑う。
見れば火がついた花火を片手にもう1本火をつけようとしていて。
「行儀悪いやっちゃな」
つられるようにして笑って、俺もろうそくに花火の先端をかざした。
ゆらり、と先の紙の部分が炎で揺れて。
しばらくして、パチパチと音をたてて火花が散り始める。
空には薄い雲で覆われた月。
まとわりつく生ぬるい風は少し湿っていて、雨が近いことを知らせていた。
山となっていた花火の束は、少しずつ少しずつ時間と共に数を減らしていって。
「最後はやっぱりこれなんよなぁ…」
ダイが線香花火を手に取りながらそう呟いた。
「そうやな。シメよなぁ」
ろうそくの周りにしゃがみこんで、細い線香花火を手にする。
細い火薬部分に火がのぼって。
やがて火の玉をつくって、パチパチと燃え始めた。
「何かこれが一番日本の花火らしいよな」
「せやな」
一際鼻につく、火薬の匂い。
ダイと顔をつきあわせて、火の玉が落ちては新しい線香花火に火をつける。
「薫くん」
「―――ん…」
名前を呼ばれて、オレンジ色で照らされたダイの顔を見つめると、ふぃと顔を近付けられて。
抗うことなく目を閉じる。
予想通り、降ってきた口付け。
やわらかく口唇を触れあわせて。
手元でパチパチと火花が散って、鮮やかに散っていく。
火の消えた花火をそのままそこに落として、ダイの首に手を回して。
口付けを受け入れる。
懐かしい火薬の匂いが、辺りを包んだままで。
煙に隠れて、もう少しだけ。
長い、キスを。
気付かないうちに枯渇していたものが、満たされていくのがわかる。
俺ですら気付いてなかったのに。
ダイにはお見通しやったってことか。
「薫くん」
抱き寄せられて。
髪にくしゃり、と指を通される。
火薬の匂い。ダイの匂い。雨の匂い。
いろんなものの中で、ただダイに抱き寄せられている感覚だけがリアルで。
「好きやで」
告げられた言葉に、こくりと頷いて。
その身体に抱きつく腕に、力を込めた。
ええ大人になって、夜中出歩くことにドキドキすることもスリルを感じることもなくなったけど。
今回はやられたなと思った。
仕事とか、時間の余裕のなさでささくれ立ってた胸の内が、こんなにも甘酸っぱい感情で満たされてる。
初恋を知った中坊でもあるまいし。
…でも、こんな気分も悪くはなくて。
自宅までの道のりを、緩く手を握りしめながら歩く。
「ダイ」
「ん?」
「また攫えや」
前を見つめたままそう呟いた俺に、ダイは驚いた顔をしとったけど。
「…もちろん?」
すぐに微笑んで。
握りしめた手に、力を込められた。
『今宵
あなたを攫いにゆきます』
俺のナイトは、どうやら上手いこと俺の心まで攫っていってくれたらしい。
くやしいから絶対に言葉にしては言ってやらんけどな。
END
ぬぉー?(奇声から始まる後書き。爆
もっと題名からしてエロチックな話を書きたかったんだけど
ほんわかで終わってしまった…
僕は夜中出かけるの好きなんですよね
なんかドキドキする
高速道路のオレンジの光とか、あぁいうのが好きなんです
次はもっとエロチックなのを!笑
いざ、リベンジ!