幸せになれない俺が

ただひとつだけ

手放せない、存在

 

モノクロフィルム

 

静かに寝息をたてる薫くんの顔を、何をするわけでもなくただ、見つめる。
いつもは気を張った、しっかりした印象を受けるその表情が今は何処かあどけない。

膝の上に広げていた分厚い本を音もなく畳むと、それをベッドサイドに置いて。
ふわり、といつもされるように、薫くんの髪に指を通した。

「ん……」

ベッドサイドに置かれた簡易照明だけが光る闇の中。
音もなく薫くんの瞳が瞬いて、薄く、開く。

「きょー…くん?」

低く、くぐもった声。
少し掠れたその声が、俺の名前を呼んだ。

「ん?ごめん、起こした?」

繰り返し髪を梳きながら、顔を覗き込む。

「んーん……」

ふるりと首を横に振って、答える薫くん。
そのまま座っていた俺の身体に、擦り寄るように身体を寄せる。

子供のような仕草に、知らず笑みが零れた。

「きょーくん…」
「ん?」

とろんとした瞳をこちらに向けて、薫くんが名前を呼ぶ。
擦り寄ってきた身体を抱きしめるようにして横になると、もぞもぞと俺の胸の辺りに顔を埋めて。

「何か聞かせて…」

寝る前の寝物語を強請る子供のような口調で、薫くんが言う。
くっつけた身体が薫くんにしてはやけに暖かくて。眠たいんやな、と思う。
外では立場が逆やのにな。

「ええよ。じゃぁ、こないだ見たDVDの話」
「うん」

目を閉じて、俺の話に耳を傾ける薫くん。
そんな薫くんの少しのびた髪を梳きながら、俺は静かに言葉を紡ぎ出した。






責任感が強くて、しっかり者で。
厄介事や面倒なことを1人で背負い込んで、人に弱音を吐こうとしない薫くん。
人に頼ることを知らないような凛とした姿は、綺麗でもあり同時に儚くて脆くて。

それと同時に、薫くんは人に仕事以外で『お願い』というものを滅多にしようとしなかった。
気ぃ使い屋さんの薫くんらしいといえばらしいけれど。
その口からあまり、というか、ほとんど聞いたことはない薫くんの『お願い』。






やから、最初の頃そう言われたときにはほんまに驚いた。



「京くんが、迷惑じゃなければでええねんけど…」

そう前置きして、おずおずと口を開いた薫くん。
あれは確か、薫くんが仕事中に貧血を起こして倒れたときやったと思う。
顔色も良くなくて、そのうち倒れるんちゃうか、と危惧しとった矢先の出来事やった。

リーダーである薫くんが倒れたことで、仕事は中止。
残ったメンバーも解散ってことになって、俺は自分から薫くんの付き添いを申し出た。
薫くんは気ぃ使わんでええからって申し訳なさそうに言っとったけど、今の状況じゃ大した説得力はなくて。
結局、大人しく俺の申し出を受け入れてくれた。



久々に訪れた、薫くんの家。
相変わらず小綺麗にされた部屋を横切って、寝室へその身体を引っ張っていって。

「水取ってくるから。上着脱いで横なっとき」
「ん……」

薫くんを置いて、一端台所へ向かう。
水とドクターに処方された薬を持って寝室へ向かうと、薫くんがもそもそとベッドに入ろうとしてるところやった。

「ほい、水。あと薬」
「あ、ありがとぉ…」

白い掌に何種類かのカプセルを落として、水の入ったグラスを渡す。
その喉がこくりと動いたのを見て、グラスを受け取ってベッドサイドに置いた。

「何かしてほしいことあったら言いや?今日はずっとここおるし」
「うん…ごめんな、京くん…」
「謝るくらいならはよ治し?」

ほんまに。
体調悪いときくらい、誰かに頼ったらええのに。
ベッドサイドの簡易照明だけが照らす闇の中、白く浮かび上がる薫くんの顔を見つめて小さく溜息をついた。



―――カチ、コチ

時計が静かに時を刻む音だけが響く静寂の中。
不意に、小さな声が俺の名前を呼んだ。

「なぁ、京くん…」
「ん?」

閉じられていた瞳が、薄く開いて。
薫くんが何処か迷子になった子供みたいな顔をしながら、口に出した言葉。






「京くんが、迷惑じゃなければでええねんけど…

 …………何か、聞かせて」






おそらく、その口から初めて聞くであろう『お願い』に、俺は自分の目を瞬かせた。

「何か、って……?」

とりあえず反応を返すと、んーと薫くんは少し考えて。

「映画でも、音楽でも、何でもええ…。京くんの声が聞きたいねん」

そんな少しうれしくなることを言ってくれる、から。

その夜は、確かその前の日に見た映画の話をしたんやったと思う。
1回しか見てないけど、あらすじを追うように薫くんに語りかけて。
俺の話を黙って聞く薫くんに、まるで子供に本を読み聞かせているような口調で言葉を紡ぐ。

と、突然薫くんが口を開いて。

「なぁ、京くん」
「ん?」
「そっちおったら寒いやろ?こっちきーや」

そう言って、自分が被っていた布団を捲る。
暖房を付けていたおかげで、大して寒かったわけでもないけれど。
俺は黙って薫くんの言葉に従って、薫くんの隣に身体を並べた。

擦り寄ってくる暖かな体温。

「ほら、やっぱ冷えてる…」
「そう?」
「うん」

ぴたりとくっついてくる細い肢体。
その身体を抱き寄せるように腕を回しても、薫くんは何も言わなかった。

「なぁ、京くん。話、続き」
「あぁ、うん」

中断させたくせに、その話の先を強請る薫くん。
小さい子供みたいな態度がやけに可愛くて。
どんなワガママでも、薫くんなら、許せる。
そんな気さえした。



話も佳境に入ろうかとする頃、腕の中から小さな寝息が聞こえ始めて。

「…今からやのに…」

小さく笑って。腕の中にある体温を抱きしめる腕に力を込める。

人にペースを崩されるのは好きやないけど。
薫くんならええか、って思う。
ワガママですら、愛しいなんて。



……愛しい?



「あぁ、そっか…」

気付いてしまえば何てことない。
俺はきっと、薫くんのことが好きで。

何もかもを1人で背負ってしまおうとする薫くんの、少しでも心の拠り所になりたいんやって。
そう、気付いてしまったから。






翌朝。
俺の腕の中で眠っていたことに気付いた薫くんは、朝からえらいパニックで。
どうやら昨晩のことは覚えてないらしかった。

「薫くんから寄ってきたんやで?」
「嘘ぉ…マジで…?」

赤い顔をしながら、頻りに昨晩のことを回想してるその姿はひどく可愛くて。
何かその表情を見るだけで、心がぽっと暖かくなるのを感じた。



泣き顔も、笑った顔も、焦った顔も、全部俺に見せてほしい。
真剣な表情も、迷子になった子供みたいな頼りない顔も、全部隠さずに。

頼ってくれとか、支えてやるとか、薫くんの望む言葉を与えてやることは出来ひん。
叶えられへんかもしれへん約束ほど、残酷なものはないから。

でも、これだけは誓える。
俺は、可能な限り、ずっと薫くんの傍に、おるから。

「なぁ、薫くん………」

俺は歌を歌い続ける限り、幸せになることは出来ひんけど。
薫くんがおるから俺はここにおって、呼吸をしてる。







―――
傍におらなあかんのは、その存在を手放せへんのはきっと、俺の方






あれから、1つの季節が過ぎようとしている。
俺たちはその間に、ゆっくりとお互いの存在というものを認識していった。

親友であり、仲間であり、戦友であり、そして。
最上級の愛情を捧げたい相手として。






「きょーくん…」

眠たそうな目をさせて、薫くんが寝物語を強請る。
そんな日常にも随分と慣れて。
抱き寄せる腕に抗うこともないし、お互いの体温が溶け合う気持ちよさを知った今、
傍にいないのが不自然なくらい時間を重ねてきた。

繰り返す寝物語は、どんどんとその冊数を増やしていき。
俺の物語には、薫くんの姿がどんどん増えていった。

たぶん俺にとって薫くんは、小さな点であり、そしてあらゆる総てなんやろう。

俺の紡ぎ出す物語に黙って耳を傾けて。
そうして、俺の話の中に一本分の映画を見ている薫くん。



永遠はいつでも形のない儚い幻影に過ぎない。
でも、そんな小さな物語の積み重ねが、永遠と呼ぶに相応しいんじゃないかって最近考えたりするんやけど。






――――――薫くんは、どう思う?

 

END

 

ラスト4行目の一文が書きたくて書き始めた話
タイトルは話の中に映画を見ているってことで、モノクロかなぁと思って付けた
京くんは何かそういう話をするのがうまそう そんなイメージ
相変わらずプロットも何もたててないから雑。泣
京×薫ってよりは京+薫みたいな感じですね
めずらしくキスもしてない(そこかよ