ペダルを漕いで、ただひたすらに

君の元へ、直走る

 

MIDNIGHT KNIGHT

 

『俺のこと好き?』

それは

『やったら逢いに来て』

愛されることに不器用な君の

『今すぐ』

愛情の確認方法。



草木も眠る丑三つ時。
全ての始まりは、突然かかってきた1本の電話だった。

携帯電話が主流になるなんてまだ誰1人として予想だにしてなかった時代。
突如鳴り響いた電話の音に、俺は慌てて受話器を持ち上げた。
寝静まった家に響き渡る電子音は、それだけで静寂を切り裂いて。
幸いなことに家族はまだ深い眠りの中らしい。
しんと静まりかえった空気にほっとしながら、俺はゆっくりと受話器を耳に押し当てた。

『…………………かおる?』

遠い、音。
何処か外からかけているのであろうノイズ混じりの声に、
俺は一瞬自分の耳を疑った。

「京……くん………?」

それは、愛しい君からの
初めてかかってきた、電話。



恋に恋する年を重ねて。
愛だとか恋だとか、そういうものが綺麗事だけで済まないものなんだと悟るようになった頃、京くんと出会った。

そうして、俺は。
所詮絵空事だと笑っていたことを、経験することになる。



――――――恋に、落ちた



ありえないと自分でも思った。
呆れるくらいの現実主義者の俺が、まさか、親友の、男に、恋に落ちるなんて。

それでも。
いったん気付いた想いを、偽ることは出来ずに。



『薫くん、さ』

そうしてこの想いは

『俺のこと好き?』

打ち明ける前に、何故か京くんに知られることとなる。
それは俺の態度があからさますぎたのか、それとも京くんが鋭すぎたのか。
どちらにしても俺に知る術はないけれど。

『………うん』

どのみち隠し通せる相手ではないと思っていた。
反論も誤魔化す言葉すらなく、ただひとつ頷いた俺。

『そっか』

そんな俺に、京くんはたったそれだけを呟いて。
穏やかに笑っていた。

恐れていた軽蔑の眼差しや距離を置かれることもなく。
かと言って受け入れられたわけでもなく。

友達以上恋人未満のような、微妙な関係のままにいくつも季節が巡り。
俺は徐々に『京くん』という人間を知っていくことになる。



これが最後の恋であるようにと。
そう望んだ俺の相手は、繊細で傷付きやすく、そして。
愛されることにひどく不器用だった。

手を繋いでおかなければ、目を離さずにいなければ。
すぐにふっと姿を消してしまう。

何故1人で何処かに行ってしまうのかと怒ったところで、
当の本人は少し寂しげな瞳を曇らせて。

『薫くんがしっかり見張っといたらええねん』

目の届くところに置いといたらええ。

そう言って、俺が掴んだ手をぎゅっと握りかえしてくる。

戻ってくるのをただ待っているだけじゃ、逃げてしまう、と。
冗談を装って告げられた本心に、返す言葉なんて見付からない。

依存することに怯え、甘えることに怯える京くん。

信じて裏切られる前に、自分から身を引いて。
そうして一線を決して越えてこようとしない―――臆病な彼の、自己防衛方法。

ふっと弱いところを見せてくれたと思えば、途端に自分の殻に閉じこもって。
隣にいて、手を繋いでいるときでさえ、彼の視線はぼんやりと宙を彷徨うばかり。
口付けている時でさえ、彼の目は俺じゃない、遠い場所を見ていることがある。



その細い身体の中に、何を抱え込んで。
何を不安に思う?何に怯えてる?何に傷付いてる?



―――俺、は

何が、してあげられる?



好きなのに。
この胸を開いて見せることが出来たら、見せてやりたい。
言葉なんて信じない君に、この胸に抱えた想いを目に見せてあげることが出来たら。

何でも理論数値化しようと躍起になる人間が、未だに解明出来ないこのメカニズム。
想いに付随する、優しさや暖かさ、不安や哀しさ、寂しさ。
嫉妬心も、独占欲も。ドロドロした感情でさえ、渦巻いて。
全ての感情がごちゃまぜになって、それでもその人を変わらず愛しく想うとき、
人はそれを『愛』と呼ぶのだろうか。



―――なぁ、どうしたら

君は、信じてくれる?

理論数値化も、目に見える形にも出来ないこの想いを。

どうしたら、君に届く?



『俺のこと好き?』

それは

『やったら逢いに来て』

愛されることに不器用な君の

『今すぐ』

愛情の確認方法。

重ねても重ねても、重みがふっと拡散してしまう言葉より、確かなものは。



ぷつ、と、遮断された俺と京くんを繋いでいた回線。

『冗談やで?本気にせんといてや』

切れる直前、彼が呟いた言葉。
微かに、ぶれて。
揺れたのは、ノイズのせいなんかじゃなく、泣いて―――

ツー、ツー、ツー、と。
無機質な信号音だけが零れる受話器を握りしめたまま、立ち尽くす。



何かしてあげたいと。
いつだってそう願っているのに。

『傍にいて』

苦しんでいるとき、悲しんでいるとき、何かに怯えているとき。
いつだって傍にいてあげたいと思うのに。

そんなときほど自分は無力で。
何も、してあげられない。

不器用な彼が発しているSOSのサインにすら、
返す反応が見付からない。



「………っ、くそ…!」

がちゃん、と。
力任せに受話器を電話機に叩きつけるようにして置く。
噛みしめる爪。
短く切られたそれが、がり、と音をたてる。

『傍にいて』

それは。
わがままとは言えない、彼の素直な感情。

『言ったら薫くん困るやろ?』

そう言って曖昧に笑う、その表情の下に。
君はどれくらい、涙を隠してた?

『傍にいて』

繰り返し、祈るように呟かれた言葉。
直接的に言われたわけではない。だけど。



―――傍にいたいと願うのは、君だけじゃないんだ



『逢いたい』

不意に沸き上がった衝動。
胸に込み上げてくる熱い感情に、突き動かされるがままに俺は自室に駆け込んで財布と鍵を探し出す。

車もない。二輪車もない。
終電も行ってしまった。

誰かの力を借りるのは簡単だけど。
でも、自分だけの力で。
君に逢いに行こう。

だって、そうじゃなきゃ。胸を張れない。

「逢いに来たで」

そう言って汗だくの状態で。
息を切らせて笑う俺の気持ちを、少しでいい。
感じて。
気付いて。

「バカやなぁ」

って。
君が笑ってくれたら、それでいい。



自宅の駐車場の脇に止めてあった自転車に鍵を差し込んで。
真夜中の、街灯のみが寂しく照らし出す道を走り出す。

夏独特の生ぬるい風が身体を包み込んで。
立ち乗りで自転車のペダルを漕ぐ俺の身体を擦り抜けていく。

じわりと浮かんでくる、汗。
Tシャツが張り付いて。
不快だけど、そんなことを悠長に考えている余裕なんてない。

眠らない街へ続く、大通り。
タクシーやスピードを上げた四輪車が走り抜けて、赤いテールランプだけが暗闇に滲む。
日中は途切れることのない渋滞で横断すら困難な車道。
闇に沈んだこの時間は、街灯の白っぽい光と赤い光だけがそこを彩って。
やけに幻想的。

走っていた遊歩道を降りて、車道へ出る。
少し振り返って、車が来てないことを確認して。



ペダルを漕いで、ただひたすらに。
君の元へ、直走る。



赤信号を対向車が来てないことをいいことに無視して。
早く早く早く。
逸る気持ちを抑えながら、自転車を漕ぐ。

そんな俺を嘲笑うかのように、スピードを上げて隣を走り抜けていく四輪駆動。

「くそっ…」

息も絶え絶えだけど。
止まるわけにはいかない。

だって、君が待ってるから。

この道の先に、君が待ってる。
今、逢いに行くから。

君のためにしてあげられることも、あげられるものも微々たるもので。
胸が張り裂けそうな想いと、この身くらいしか、君に捧げることは出来ないけれど。

青い思いだと笑われようが、バカにされようが。
君が笑ってくれてたら、それでいい。



今はただ、君に会うために直走る。
君へ続く道を。

いつかこれを、軌跡と呼ぶ日が来ることを
切に願いながら。

 

END

 

1000HIT記念、薫くんチャリで車道爆走話でした
皆様のご期待に添えているかどうかはわかりませんが…

ともあれ、1000HIT&Quickvoterへの投票どうもありがとうございました!
これからもよろしくお願いします

09112005 涯