『例えば今、自分の命が危ない状況だとして。
 それで、近くに俺もいて、すごく確率が低いけど助けられるかもしれないとする。
 でも近くにいると俺も死んじゃうかもしれない』

そういう状況になったら、どうする
―――

 

恋愛倫理観テスト

 

部屋の照明を落として、潜りこんだベッドの中。
先に横になっていたトシヤの身体を抱き込もうと腕を伸ばしたところでかけられた言葉に、
俺は中途半端な場所で腕を止めたまま固まってしまった。

「…え?」

言葉を挟む余地すら与えられず続けられた質問。
今からひとつのベッドで夜を越そうとしてる恋人に投げかけるものにしてはひどく辛辣な言葉の響きに、
俺は引き寄せようとしていた手を自分の方に戻して、意味もなく握りしめた。

「……どうしたん、いきなり」

黙って思案すること数十秒。
昔に比べたらだいぶ自傷癖も落ち着いたとは思うが、思考の飛びっぷりは相変わらずらしく。
一緒に時間を重ねることで、その端々からトシヤが考えていることを推測出来るようにはなったけれど、
それでも時折こうして突飛な言い出すときがあって。

こういうときのトシヤの瞳はひどく空虚で、焦点のあっていないそれは
俺を素通りしてどこかわからないところを彷徨っているように感じる。
儚いその瞳の光と共に、ふわりとトシヤ自身が消えてしまうような気がして
内心は気が気じゃない。
だからといって俺に何が出来るのかと言えば、
ただその身体を抱きしめてやることくらいで。

トシヤの抱えた悩みは、結局コイツ自身が解決せんと意味がなくて。

鍛えたと言っても、相変わらず線の細い身体にため込んだ闇は、
多分俺が思っている以上に、深く。
それを取り除いてやることの出来ひん自分の歯がゆさを感じては、
落ち込むときもあるけど。

「…薫くんなら、どうする?」

俺の問いかけには答えへんままに、トシヤが口を開いた。
たぶん今は、この質問に答えてやるのが先決なんやろう。
とは言え、この漠然とした問いに対して、コイツは一体どんな答えを欲しているんや?

「俺、なら?」
「うん」

いくら考えても、この質問の意図を探ることは不可能で。
俺は、正直に自分の考えを口にした。

「そりゃ…お前が助かる方法を探すと思うわ」
「自分は?」
「自分は後回しやわ、そんな状況やと」
「ふぅん…」
「?」

求めていた俺の答えを聞いたわりには、納得したのかしていないのか
よくわからない相槌を打って。
トシヤはぼんやりと天井を見上げたままで、おもむろに口を開いた。

「これさぁ」
「うん…」
「心理テストなんだけどね」
「あぁ…そうなんや」

通りで、随分と漠然とした問いかけやったわけや。

「普通はさ。みんな、薫くんと同じように答えるんだって」
「自分より相手、って?」
「うん」

それはまぁ…そうやろ。
それが大事な相手であれば尚更そうやと思うし。

「でもさ」
「うん?」
「俺はこの心理テストをされたとき、違う答えを言ったんだ」
「そうなん?なんて答えたん?」

首だけを横に向けてそう問いかけると、トシヤはようやくこちらに視線を向けて。
少し俺の顔を見たかと思うと、またそのまま視線を天井にずらした。

「俺はさ。……一緒に死ぬって答えたんだ」
「………」
「…そしたらさ、何かえらい心理学の先生かなんかに、
 『破滅願望がある』とか言われてさ」
「…………」

はめつがんぼう。

トシヤの口から零れたその言葉の響きは、
ひどく冷たく。
何がそんなにコイツを追いつめてるんやろう。
そう、ぼんやり逡巡していると。

一呼吸おいて、トシヤがゆっくりと口を開いた。

「俺は、取り残されんのは嫌だ」

そう言えば。
誰かが犠牲になって、自分だけが助かるのは嫌やって、
何かの映画を見たときに言ってた気がする。
やけに泣いてるなぁとは思ってたけど、まさか
そんなことを思って胸を痛めてたんやろか。

俺は、お前が大事やから。
もしそんな窮地に立たされたとしたら、やっぱりお前に助かってもらいたいと思う。
それは、俺が生き残ってしまったときに「何で俺だけが」って
自分を責めてしまうのがつらいっていう、エゴもあるんかもしれへん。
でも、それでも。
俺は、お前が好きやから。
お前には生きて、笑ってて欲しい。

…お前は、そうは思ってくれへんのかな?

そう思って、少し寂しくなりながら言葉の続きを待っていると、微かな衣擦れの音と共に
トシヤの手がそろりと俺の手に重ねられて。

何も言わずに、ぎゅ、と。
強く握られたかと思うと、トシヤが徐に口を開いた。

「でも……でもさ」

大事な人間であればあるほど、自分以外の誰かと幸せになるのもつらい

涙混じりの声で呟かれたそれは。
不意に見せつけられる、強烈な独占欲。

「薫くんには、生きててもらいたい。
 …でも、誰にも渡したくないんだ」

驚いてトシヤの方を見つめれば、その瞳から音もなく涙が零れ落ちて。
こちらを見つめたかと思うと、急に身体を寄せて抱きついてきた。

「かおるく…」

ひく、ひく、と。
喉を震わせて落ちる嗚咽。

胸元にじわりと、濡れた感触が広がって。

…そう言えば、こうやって急に泣き出すのも久しぶりやな、なんて。
そんなことを思いながら、胸元に埋められた頭をゆっくりと撫でてやる。

たぶん、トシヤなりに、いろんなことを考えてるんやろう。
昔に比べれば、肉体的にも、精神的にも、随分成長したと思う。

でも、それでも。
きっと根は変わってないんやろう。
優しくて、繊細で、傷付きやすい。

そんなコイツのことを愛しいと思い、共に在れ、と。
時間を重ねてきた俺も、きっといろんな意味で変わってきたんやろう。

でもな、トシヤ。
お前と時間を重ねていきたいと思う気持ちは、今も揺るぎなく。
愛しさは、かつて以上に募ってる。

「…じゃぁ、さ。トシヤ」

緩くウエーブのかかった髪を撫でてやりながら
ゆっくりと言葉を紡ぐ。

「もし、そんな状況になったら。
 一緒に、生き残ろうや。…どんな手をつかってでも」
「…生き、残る…?」
「うん。んで、一緒に生きていこうや」

俺も、お前も。
いつまでも助けを待ってるだけの、眠れる国のお姫様なんかやない。
自分の身ぐらい自分で守れる。
そうやって、お互いのことを思って自分を守って。
それで、生き残ろうや。
そうして、お互いの手を携えてさ。
お前となら、どんな困難でも乗り越えていける気がする。

「俺も、お前が他の誰かと幸せになんのは嫌や」

この先、なんて誰にもわからへん。
でも、きっと。今あるこの気持ちだけは、確かなものやから。

「だからさ、トシヤ。
 一緒に、生きていこうや」

な?と問いかけてやれば、埋めていた胸元からトシヤが
ゆるゆると顔を上げる。
黙ったままこちらを見つめてくるその濡れた瞳に、
ん?と笑いかけてやれば。
涙に濡れた表情そのままに、小さく頷くトシヤ。

やがて、ぎこちなくではあるけれど、その顔に笑みが浮かべられて。
のぞいた八重歯に、たまらない愛しさを感じて
そのまま口付けた。



「薫くん、好き」
「うん。俺も」

キスの合間に、囁き合う睦言。
愛しい愛しい、その存在。



涙でしょっぱいキスは、その後くれた最高の笑顔で
甘いデザートに早変わりした。

 

END

 

Kaoru , Happy Birthday To You xxx

 

…誕生日とは全く違う話だけれども。汗