冬の到来を予感させるもの

吹きすさむ冷たい風と、早くなった夕暮れと、それからもうひとつ

 

リップスティック

 

「きょーくん」
「ん?」
「リップ持ってへん?」

楽屋での待機時間。
ソファに沈み込んでうつらうつらしてると、頭上から遠慮がちに声がかけられた。
目を開けんでもわかる、この声は

「持ってるけど。どないしたん、薫くん」

他でもない、愛しい恋人のもので。
ソファの背に頭をもたれかけさせたままで薫くんを見上げると、赤い舌がぺろりと唇を滑った。

「なんか乾燥してるみたいで、切れてもて」

リップ忘れてきてん、と言葉を紡ぐ口元は、なるほどよくよく見てみれば少し腫れている。

「うわ、痛そう」
「うん、痛い」

先程舐めたからか、薄く血が滲んで。
潤いを与えるように唇を舌でなぞった薫くんが、あからさまに眉根を寄せるのがわかった。
鉄臭いあの味を好む人間なんて、そうはおらんはずで。

「っつ…沁みる…」

痛みからか、ちょっと目を潤ませて。
顔をしかめたままの薫くん。
時折赤い舌がのぞいては、その薄い唇を滑って。

「………」

一瞬、誘われているのかと錯覚を起こした。

「薫、くん…」
「ん?あ、リップあった?」

貸して、と暢気に差し出された手を、そのまま自分の方に引っ張る。
ソファに深く沈み込んで、その分だけ薫くんを引き寄せて。
がやがやと騒がしい楽屋の中で、ソファの背に隠れて唇を奪う。

「…っ!?」

驚きに目を見開いた薫くんに、視線で黙って、と告げる。
触れた唇は、少し熱を持っていて。
微かに開かれたままのそこに舌を這わせれば、傷口に触れたのか薫くんの身体がびくんと強ばるのがわかった。
口内に広がる、鉄臭い独特の味。
どこか甘い気がするのは、これが薫くんのものやから、やろか?

薄い唇を甘噛みするように軽く歯をたてる。
時折悪戯にのぞかせた舌でなぞっては、歯で挟み込んで。
開いたままの目があって、微笑んでやると薫くんの頬がかぁ、と紅潮していくのが見て取れた。

ほんまはもっと深くてねちっこいキスがしたいんやけど。
場所が場所だけに、今はこれで諦めるか。
そんなことを考えながら、最後に触れるだけのキスを落としてその手を解放する。

「っれー?ふたりとも何やってんのー?」

タイミングよく声をかけてきたトシヤに、

「薫くんが唇切ったらしーてなぁ。リップ塗ったっとってん」

しれっと答えてやれば、薫くんはますます顔を赤くして。
幸か不幸か、そんな薫くんに気付くこともなく、トシヤは「あぁ、乾燥してるもんね〜」としきりに納得しながら相槌を打っている。
ちらりと薫くんを見上げてみると、視線が絡んで。
小さく舌を出すと、呆れた顔をして
―――困ったように笑う薫くん。

『バカ』

声もなく唇だけで象られた言葉に、少し笑って。

「ほら、持っとき」

最もらしい言葉と共に、その手に握らせたリップクリーム。

帰ったら痛いのも忘れるくらい、キスしてリップ重ね塗ったるから。
そんな俺の意図が通じたんかどうかはわからへんけど。
渡したリップクリームは使われることなく、そのまま薫くんのジーンズのポケットに納められた。



さっきより少し腫れてしまった赤い唇は、少しの間微かな痺れを伴ったままやろう。

 

END

 

引越してから埃っぽいからか、めっちゃ唇が荒れまして
何となく思いついた話
おそらくきょーくんが言ってるキスしたらリップ確実に落ちると思うんですが(何