差し込む光が眩しくて、目が覚めた
光
「ん……」
心地良い微睡みから抜け出すのが嫌で、少しばかりむずがりながら薄く目を開く。
連日の地下作業は思った以上に身体に疲労がたまっていたようで、帰ってきてからの記憶がない。
帰り着く頃には身体も思考もどろどろで、玄関先でぱたりと倒れたような覚えが朧気にあるのだけれど。
ともかく眩しさの原因を探ろうと眠い目を擦りながら少しばかり頭を上げる。
光の道筋を辿ったその先、引き損ねたのであろうカーテンの隙間から眩しいばかりの陽光が
零れ落ちているのが見えて。
これが原因か、と眩しさに目を細めた。
「………」
身を乗り出せば届く距離だが、それすらも億劫で。
ふい、と顔を背けて逆側を向く。
と同時に、頬に触れる感触が床にしてはやけにやわらかく、ベッドにしてはやけにかたいことに気付いた。
「……?」
不審に思い、僅かながらにそこから顔を上げる。
俺の下にあったのは、フローリング張りの床でも、やわらかいベッドでもなく、ましてや革張りのソファでもなく…
「ダイ、くん…?」
俺を抱きかかえたままで眠りこけている、赤髪のギタリストの姿だった。
いつも俺が愛用している枕やらクッションやらを下敷きに、俺を身体の上にのせたままで未だ
規則正しい寝息を零しているダイくん。
寝苦しくないんやろかと訝しむが、その手はしっかりと俺の腰に回され、固定されていて。
身を乗り出すより何より、がっちり拘束されていることに気付く。
「………」
普段は爆睡してる俺をダイくんが起こすケースが多いから。
こうやってまじまじダイくんの寝顔を見るのは初めてかもしれん。
鮮やかな、赤い髪。
肩まで届くほどに伸びたその髪が、群青のシーツの上に散らばって。
光を受けて、よりいっそう鮮やかに輝く。
そのグラデーションに思わず目を細めた。
閉じられた瞳。
いつもは人なつっこい光を宿して微笑むその目が隠れている分、
その端正な顔立ちだけが強調されて。
こうして改めて見ても、綺麗な人だと思う。
よくよく見てみれば、ダイくんも俺も昨日の仕事から帰ってきたままの格好で。
玄関先でぷつりと意識をなくした俺をここに運んで、着の身着のままでダイくんも力尽きたんやろう。
ベッドサイドには2人分の鞄にダイくんのキーケースが投げ捨てられていて、
いつもはサイドテーブルに並べられている携帯の姿すら見えない。
「………」
眠かったはずやのに、何故だか目が冴えてきて。
ダイくんの身体に乗っかかったままで、そぉっとその顔に手を伸ばした。
暖かい頬。やわらかい肌の感触を確かめるようにそこに手を押し当てる。
瞬間、微かに目蓋が動いて。
起きるかな、と慌てて手を引っ込めたものの、ダイくんはそのまま何事もなかったかのように寝息を立てていた。
いつだって1人で生きてきたつもりやったのに。
いつの間にか、こうして俺の生活の一部に馴染みきった、ダイくんという存在。
それは闇を照らす光のように。
気が付けば、必要不可欠な存在になっていた。
守りたいものが出来た瞬間、人は弱くなる。
保守的になればなるほど、変化を恐れて。自分の未熟さを嘆く。
だからこそ、1人で生きていこうと。そう、思っていたのに。
「なぁ、京くん」
畳みかけるような、ダイくんの声。
やわらかいその声音が好きだった。
暖かい日溜まりにも似た、その響き。
「未来はずっと先やん?俺にもわからへん」
だから。
「先読みのしすぎなんて、意味のないことはやめてさ。
今日は何か美味しい物でも食べよーや」
そう言って、にっと微笑むダイくん。
暖かな太陽を連想させるその大らかさに、一体俺はどれほど救われてきたんやろう。
でも。
2人でいる幸せに慣れきっていたら、きっと俺は弱くなる。
その手を解かれたときの衝撃や戸惑いなんて、簡単に予想がついて。
だからこそ、甘えないように。依存しないように。
今までみたいに、たった1人で生きていこうと思うのに。
『どんなときだって、傍におるから』
光と闇は紙一重。
直ぐ傍にあるその存在を、認識せずにはいられない。
俺を照らし出す、その光。
都合が良ければいいほど、信じられへんことも増えていくけど。
眩いほどの光はいつも俺の傍にあって、俺を照らし出している。
嘘や虚像で創りあげていた俺という存在を、闇を。
ダイくんは無意識のうちにその光でもって払拭して、極彩色の風景へと変化させていく。
傍らにあるその存在は、それほどまでに俺に強烈な影響を与えて。
それでいて、ごく自然に。俺の傍に存在する。
結局せっかくのオフを気が済むまで寝倒した俺とダイくんは、
陽光も翳りを見せ始めた頃にようやく活動を開始して。
近くのコンビニで買い込んだ飯を口に運びながら、何気ない会話で合間を満たす。
仕事だとかその他のことだとか。話題に困ることはない。
ふとした瞬間に会話が途切れて沈黙が落ちる、そんな無音状態でも居心地の悪さは感じなかった。
飯を食って、寝る前にシャワーを浴びようとバスルームへ向かう。
何も生みださない、無為で怠惰な1日。
秒刻みのスケジュールに追われている生活の中で、たまには時間の流れに
身を任せてみるのもありなのかもしれない、と他人事のように思う。
リビングに戻ると、ダイくんが夕飯ついでに買ってきていた缶ビールを片手に
ソファでテレビを見ていた。
「あ、京くん上がったん?」
「うん」
深夜のバラエティ番組から顔を上げたダイくんが、少し身体を寄せてスペースを空けてくれる。
冷蔵庫から持ってきた烏龍茶を片手にそこに腰を下ろすと、2人分の重みを受けて沈み込むソファ。
会話のない空間に、タレントの安っぽい笑い声が響き渡る。
ふと、ダイくんが缶ビールを煽ろうとしていた手を止めて。
「髪濡れたまんまやん」
そう言って持っていた缶を机の上に置くと、俺の肩にかかっていたバスタオルを取って濡れたままだった俺の髪を拭い始めた。
湿り気を帯びた髪が頬に当たって、冷たい。
「よし、こんなもんでええやろ」
そう言ってダイくんは手を止めると、最後の仕上げとばかりにちゅ、と口唇に口付けを落とした。
触れるだけで離れていった口唇を目で追うと、再びキスが降ってきて。
やわらかいその感触に抗うことなく、目を閉じる。
キス、セックス、スキンシップ。
どれも俺を満たすものに他ならないけれど。
今日はもう少し。ダイくんと、話がしたい気分。
「ダイくん、テレビ消して」
「テレビ?うん」
見るともなしにつけていたそれを、手元のリモコンで切って。
ダイくんの肩口に頭を押しつける。
ふわりと香る、ダイくんの煙草の匂い。
抱き寄せられるがままに、身体を寄せる。
俺を照らす光はただ眩しいだけでなく、温もりを伴って俺を包み込んで。
一点の曇りもないそれは、ダイくんの感情にも酷似していた。
傍らにある光は、途切れることなく俺を照らし続け。
そうしてこれからも自然なほどに溶け込んで俺の傍にあるんやろう。
未来永劫変化しないことなんてこの世には存在しないけれど。
この光だけは、変わることなく傍らにあってほしいと思う。
END