「あつい……」
無意識のうちにぽつりと呟いた一言で目が覚めた。
LOVE AFFAIR
重たい瞼を開いた瞬間、目に飛び込んできた目映いばかりの光。
思わず目を細めて、その光源をゆっくりと視線で辿る。
分厚い遮光カーテン。
きちんと引けてなかったらしいそこから、真夏の強烈な太陽光線が差し込んでいるのが見て取れて。
少し気怠い、汗で湿った身体を起こして引き損ねていたカーテンをきっちり閉める。
開けっ放しの窓からは昨晩のような風は入ってこず、ただ耳をつんざくような
蝉の鳴き声が木霊するだけ。
こんな都会のどこに生息してんねんと悪態をついてみたところで、奴らは大人しくなるどころか
さらに生を謳歌するかのように声を張り上げている。
ただでさえ暑苦しいところに、普段から毛嫌いしてる喧噪と相俟って余計にうるさく響く鳴き声に
いい加減嫌気がさして、俺はぴしゃりと窓を閉めた。
どうせこんな暑いんじゃクーラーでも入れなやってられん。
そうひとりごちながら、振り返ってベッドサイドに置いてあったはずのクーラーのリモコンを取ろうとする、と。
不意に、隣でまだ眠ったままの薫くんの姿が目に入った。
俺と同じように、肌をさらしたまま眠っている薫くん。
いつもは凛とのばしている背中を丸めて、小さい子供みたいにこちらに擦り寄って眠るその姿。
ひどくあどけない寝顔に、知らず頬を緩めてしまった。
無防備なその姿に、どれ程の安心が寄せられているのかがわかるから。
俺は「甘えてこい」なんてそんな台詞よー言わんし、薫くんだってそう言われて「ハイそうですか」と
甘えられる性質じゃないことくらい、お互いよくわかってる。
だからこそ、こういう一番無防備な状態でお互いをさらけ出してるって状態は、
心を許してくれてるんやなぁっていうのが言葉にするよりも伝わって。
手を伸ばして、額に張り付いた髪を払いのけてやる。
と同時に、指先に濡れた感触を感じて。
よくよく見てみれば、薫くんも暑かったのか、肌に汗が滴になって浮いていた。
日に灼けない、白い肌。
そこに散らされた無数の赤い跡。
透明な滴が、そこを音もなく滑り落ちて。
何故か目が、逸らせへん。
暑さでうまく回らない頭が感じたのは目眩だったのか、それとも―――
ぶわりと胸に沸いた、これは紛れもない欲情。
感じてた加護欲が簡単に塗りつぶされていく。
「薫…」
名前を象る声が、自分でも信じられないほど劣情にかられていて。
薄く、無防備に開かれていたその口唇に音もなく自分のそれを重ね合わせる。
あつい身体。
溶けそうな思考回路。
このままふたりどろどろに溶けてひとつになれればええのに。
そんな夢物語みたいなことを考えて、自嘲的にふと笑う。
見た目とは裏腹に、純でロマンチストな恋人にでも感化されたかな。
そんなことを頭の片隅で考えながら、さらに口付けを深くしていく。
「ん…」
小さく鼻にかかった声が聞こえて、起きたかなとちらりと視線を動かしてみたけど、まだその瞼が開くことはなくて。
探り当てた舌を絡ませていると、それに応えるようにして薫くんの舌が反応を返してくる。
首にゆっくりと腕が回されて、さらに深く促される口付け。
眠ってるときって人って大胆になるんやなぁ。
そんなことを思いながら、誘われるがままに口唇を貪っていると。
「ん…ぅ……?」
先ほどからぴくぴくと動いていた瞼が、すぅと開かれて。
焦点の合ってなかった瞳が俺の姿を認めた瞬間、薫くんは大きく目を見開いた。
「きょ……っ!?」
驚きに言葉を紡ごうしたのか、大きく開かれた口に便乗するように口付けを深くしていく。
暑い密室空間。
合わせた肌は瞬く間に汗で濡れて。
ずくずくとそこから溶け出しそうな、甘い錯覚。
「きょ、く…ッ、な、にして……っ!!」
首筋に舌を滑らせれば、感じるのはしょっぱい潮の味。
でも何でかそれにひどく興奮して。
冷たい汗。
そのくせ触れる肌は発火してるんちゃうかと思うほど熱い。
「やぁ……っ」
昨晩つけた赤い跡をなぞるように、口唇を降らせる。
そういやキスマークなんて随分ご無沙汰やったなぁ、なんて。
そんなことを頭の片隅で考えながらその肌に柔く噛み跡を残していく。
熱の上がる室内。
ぼんやりする思考回路。
ただ、アツクて。
何にも考えられんくなる
唯一、薫くんのことだけしか―――
結局、クーラーが稼働し始めたときには、お互い脱水症状一歩手前の状態で。
「きょ、くん、水…」
「あ?あぁ…」
息も絶え絶え、身体は汗でびしょびしょやったけど、何とか重たい身体を鞭打って
台所まで水分を取りに行く。
冷蔵庫を扉を開けた瞬間冷気に包まれて、思わずそこにしゃがみこみそうになったけど、
寝室の薫くんのことを考えるとそんな悠長なことは言ってられんくて。
慌てて部屋に戻ると、ちょうど稼働し始めたらしいクーラーから冷たい風が送り込まれてるところやった。
「薫くん、水」
冷たく冷えたミネラルウォーターのキャップを外してから薫くんに手渡してやる。
「ありがと…」
そう一言呟いて、ペットボトルに口をつける薫くん。
ボトルの中の水が、見る間に減っていって。
それを横目に見ながら、自分も持っていたペットボトルに口を付ける。
冷たい水が、からからに渇いていた身体を少しずつ潤していくのがわかって。
結局500mlを飲みきったらしい薫くんが、空のペットボトルをベッドサイドに置くと
再びぱたりと寝転がってから困ったようにこちらを見上げてきた。
「ほんま…無茶するなぁ…」
その言葉に苦笑しながら、身体を移動させて薫くんの髪に指を通す。
普段は俺がしてもらう、大好きなそのしぐさ。
擦り寄せられる身体に、愛しさばかりが募る。
…よー口には出せへんけど。
「なんかつい?」
「ついちゃうって…もー俺若くないねんからさ…」
台詞に真実味があって何とも言えんで、薫くん。
そんなことを考えながら、それでも口には出さずに。
宥めるように口付けを落とせば、今度は離れた口唇を追うように求められて。
まだ中身が少し残ったままのペットボトルを床に置いて、その身体を抱き寄せてキスを交わす。
分厚い遮光カーテンの向こうは、灼熱の砂漠が広がってるけど。
18℃強風の人工的な冷気に満たされた2人きりの空間は、まるで別世界で。
抱きしめて、キスして、また抱きしめて。
甘ったるい雰囲気にどこかくすぐったくなりながら、額をくっつけて笑った。
2人だけの楽園
熱はまだ、冷めそうにない―――
END