kiss me agein?

 

ここでキスして

 

久々に来た、薫くんの家。

『今から帰るから、先入っといて。鍵持ってるやろ?』

電話口で告げられた言葉に、持ってるけど、と素っ気なく答えながらも
緩む口元はどうしようもない。
どちらかと言えばあまりお互いのことを話したがらへん自分らやけど、
こうしてお互いのテリトリーに勝手に侵入する術は与えあってる。
合鍵はその象徴みたいなもので。

『散らかってるけど、その辺は目ぇつぶっといて』

じゃぁ、後で。

そんな台詞と共に切られた電話。
いつも合鍵を持ち歩いてるのを見透かされてるみたいで何か嫌やけど、
でも事実やからどうしようもなくて。
コンビニで買い込んだ、自分の嫌いな煙草とか、あんまり飲まへんコーヒーの缶が入った
白いビニル袋がかさりと音をたてた。



オートロックを解除して、勝手知ったる何とやら、で薫くんの家に向かう。
手の中で揺れる、まだ傷の少ない合鍵。
薫くんの前じゃよーせぇへんけど、こうやって握りしめて感触を確かめるのが好きで。
言葉とか気持ちとか、目に見えへんものよりもずっと安心する。
…まぁ、たかが合鍵が薫くん本人に敵うはずもないんやけど。
されど合鍵ってやつ。

鍵を開けてドアを開けた瞬間、ふわりと煙草の残り香が俺を包み込む。
薫くんの愛用の煙草の、匂い。
この家は至る所に薫くんの存在が確かめられて。
言ったことはないけど、自分の家の次くらいに安心する場所やったりする。

電話口で散らかってるって言ってたわりに、リビングは机の上以外は整然としてるし、
洗濯物がたまってるのは仕事柄仕方ないこと。
それ以外は生活感のない家やと思う。
いろいろプラモとか細かいものが綺麗に並べられてはいるけど、そこから人が住んでるっていうのを
感じ取るのは結構難しい気がする。

…何や、掃除しがいのない。
せっかくやから何か喜ばすことでもしたろかと思ったのに。
これじゃ意味無いわ。

そんなことを思いながら、コンビニの袋をソファの上に降ろし、
隣りに着とったジャケットと鞄を並べる。
唯一生活感の漂う机の上には、缶コーヒーの空き缶と堆く灰と吸い殻の積まれた
灰皿が鎮座していて。
これだけでも片付けたるか、と腕を捲り上げ、空き缶をいくつか抱えて台所へ向かった。

空き缶が減り、次第にガランとし始めた机の上にまだ置かれたままの灰皿。
自他共に認める煙草嫌いやし、出来たら触りたくもないんやけど。
しゃーないよな、と渋々ながらも灰皿を持ち上げ、台所へ向かおうとする、と。
朝吸ったんか、まだ比較的白っぽく見える吸い殻が目に入って。

その、フィルター部分に。
噛みしめたんか、歯形が残ってる。

「………」

煙草は嫌いやけど。
薫くんが煙草を吸ってる姿を見るのは好き。
副流煙なんか大っ嫌いやけど。
薫くんやったら、許したってもええかなって思う。

俺ってよー出来た恋人よなぁ。
人はこれを惚れた弱みって言うんやろか。



吸い殻を片して、灰皿を洗ってると、玄関先で鍵の音。

「ただいまー」

あーしんど、と年相当の呟きと共に家主がお帰りの模様。

こういうの好きなんやろな、と思いながら、玄関先まで出迎えたる。
ほんま、俺ってよー出来た恋人よなぁ。

「おかえり」

ちょっと不機嫌そうな顔を装って、それでも出迎えた俺を、薫くんは最初きょとんとした顔で見つめて。

「あ、た、ただいま」

なんでか顔を赤くしながらもっかいそう言った。
ええ年して照れてるらしい。…可愛いとこあるやん。



脱いだ服を寝室へ掛けにいった薫くんを横目に、洗い立ての灰皿を机の上に置いて
コーヒー類の入った袋を台所へ引き上げる。
充実してるわけがないと思って開けた冷蔵庫は、案の定日持ちする系の水分しか見あたらへん。
まぁこれも職業柄や、しゃーない。
そんなことを考えながら、冷蔵庫に買ってきたコーヒーを詰めて。
容量の減った袋の底に残った、見慣れた煙草のパッケージ。

「………」

買ってきたったわけやけど。
なんか素直に渡すのは癪で。

…ええわ、一緒に入れといたれ、と詰めた缶の上に煙草の箱を乗せて。
そのまま冷蔵庫のドアを閉めた。
冷やしたら味変わるもんなん?よー知らんけど。まぁ薫くんが吸うんやし、どーでもえっか。

空になった用済みの袋を処分して立ち上がると、薫くんがソファに座ったまま
綺麗に片付いた机の上を見てえらい感動してた。
…ちょろいな。

「掃除してくれたん?」
「別に大したことしてへんけど」
「いやいや、嬉しいわ。灰皿えらいことなってたやろ?」
「うん、触りたなかったわ」

嫌味を言ってるにも関わらず、薫くんは始終にこにこしっぱなし。
よっぽどうれしかったんか、ありがとう、と機嫌良く微笑まれて。

「…いえいえ」

不意打ちでその笑顔は反則やと思うんやけど。



慣れた手付きで煙草を銜え、カィン、と音を立てて開けられたジッポ。
薄く辺りを漂うオイルの匂い。
黙ってその行動を見てると、それを掻き消すようにして嗅ぎ慣れた紫煙の香りが辺りを覆った。

ふ、と吐き出される白い煙。
照明の白っぽい光に包まれて、音もなく立ち上っていく。

薄い口唇に挟まれた、白いフィルター。
不意に噛み後の残った吸い殻を思い出す。
甘く歯を立てられる感覚はデジャヴにも似て。



連想する、煙草味の苦いキス。
思い出す、薫くんのキスの仕方。



「………っ」

思わず、口唇を噛みしめる。
勝手に紅潮していく頬。
何かを求めるように、口内が、乾く。

「シンヤ?」

顔を赤らめたまま、突っ立っている俺に気付いた薫くんが、緩やかに顔を上げながら名前を呼んだ。
こんなときばっかりこの人は大人で。
そして、ずるい。

「どうした?」

顔赤いでお前、とふわりと頬に手を添えられかけ、思わずびくりと身体を揺らした。

「シンヤ?」

驚いたように見開かれた瞳。
色素の薄い茶色い瞳が、俺を映し出して。

「………………
―――ス」
「え?」

いつもいつも優位にたったつもりでいるのに、薫くんはそれをひっくり返す術を持ってる。
自分ばかりが振り回されてるのは性に合わへんのに。
いつだって気が付けば、薫くんの思うがまま。本当に、いつだって。

この人は大人で。
そして、ずるい。

「キス、したい」

呟いた言葉は完全降伏と同じ響きを持って。



「ん………っ」

じわりと咥内に広がる、苦い煙草の味。
痺れるような苦みに眉を顰めたのは一瞬のこと。
すぐにその舌に翻弄されて、訳がわからんくなる。

ぴちゃりと濡れた音を立てて絡められる舌。
後頭部に添えられた手が、俺の髪を絡め取って。
息苦しさに首を打ち振ってみるものの、解放してくれそうな気配はなく、
無意識に酸素を取り込もうと開いた口の中にさらに深く侵入される。

絶対にこっちからは縋り付いたりせぇへんって思ってたのに、気付けば両手は薫くんの首に回って。
抵抗を繰り返していた舌も、気が付けば従順に薫くんの動きに従ってる。

煙草味の苦いキス。
やのにこんなにも甘い感覚をもたらすのは何でなんやろ。

…くやしいから絶対に薫くんには言ったらへんけど。
口に出さんでも見透かされてるのがわかってるから、余計にくやしい。






ベッドに転がったまま、ふてて背中を向ける。
背後で紫煙を燻らせている薫くん。
嗅ぎ慣れた煙草の香りが、辺りを包んで。

「シーンヤ」
「…何」
「好きやで」
「…………」

口に出さなくても。
俺のして欲しいことがわかって、俺の欲しい言葉を知ってる。
知らないフリをするのはわざと言わせたいから。
その余裕ぶった笑みも、雰囲気も。
わざとらしいくらい決まってるから、くやしい。



やっぱり、薫くんは。

大人で、それでいてずるい。

 

END