今ここにあるもの。

ふわふわの、暖かい布団。
手触りのいい毛布。
匂いの残った枕。

それからもうひとつ。

 

アツイカラダ
1staction

 

「…はぁ……」

鼻先を埋めていた毛布から顔を出し、ため息をつく。
冷えた室内で吐き出した吐息は思った以上に熱を持っていて。
火照った頬に触れる、冷たい空気に心地よさを感じながら
ぼんやりと天井を見つめた。

カーテンの隙間から零れる光のおかげで、電灯を落とした室内でも様子が分かる。
眠れなくてずっとこうして寝返りをうっているためか、夜目もきいてるんだろう。
見慣れた自分の寝室の天井を見上げたまま、俺はとうとう観念して布団から手を出した。

───寂しくて寝れへん、とか。

そんな甘ったれたこと絶対言うか、なんて強がってみたのはいつのことやったんか。
プロモーションその他諸々の要因により、完璧にすれ違ったスケジュール。
俺が東京におればあいつはおらんくて、あいつが東京におれば今度は俺が地方とか。
そんなことの繰り返しで、気が付けば結構な日数顔を合わせてない。

別に、泣き言を言うつもりなんか更々ないんやけど。
仕事なんやから仕方ないってわかってるし、それが割り切れへん程子供なわけでもない。

ただ、寒い冬にさ。
心地いい毛布にくるまって、暖かい布団を被って、好きなやつと一緒におれたら、とか。
そんな乙女みたいなことを考えてしまう夜だって、あるわけで。

もっと言えば、
あいつに触れたい、とか。
口にはよう出せんけど、抱いて欲しい、とか。
ぶっちゃけ、欲求不満な夜だって、あるわけで。

なんかそれを素直に認めんのも癪で。
あいつがおらんでも俺は大丈夫や!なんて強がって、
自分からは絶対に連絡しようとせんかった。
意固地になったら俺も大概頑固な人間やと思う。
仕事してればその間は意識そっちに持って行かれてるし…
何より、あいつから連絡がこんのに何で俺が、とか。

ええ加減、素直になれへん自分が嫌んなる。

かと言って…

「こんな時間に連絡したとこで…またあいつ飲んどんちゃうんか……」

カチ、と音を立てて開いた携帯電話。
闇の中、急に差し込んだ明るい光に思わず目を細める。
ディスプレイに表示された時刻は───ちょうど日付が変わって間もない頃。

どないしよ、メールにするか?
それやったら飲んどっても大丈夫やろし。
つっても何て書けばええんや…

携帯の画面を見つめたまま、そんなことを真剣に逡巡していると、
急に。

トゥルルルル───

闇を切り裂く忙しない音に、一瞬心臓が止まりそうになった。
吃驚して思わず心臓を押さえたまま、音の元凶───携帯電話、を
うつろな目で見つめて。
そのディスプレイに表示された画面、もっと言えば、表示された名前に
俺は息を呑んだ。

───ダイ……」

そこには、先程から連絡を取ろうか取るまいか逡巡し続けていた
愛しい恋人の名前が表示されていた。



しばらく鳴り続けているそれを、ぼんやりと見つめて。

───って、電話鳴ってるやんけ!出なあかんやろ!

急に我に返った俺は、慌てて通話ボタンを押した。

『…もしもし?』

電話の向こう、微かなノイズ混じりのその声は、
紛れもなく、自分が焦がれていたあいつのそれで。

『もしもし?薫くん?』

通話ボタンを押したはいいが、一言も発さなかった俺に
電話の相手───ダイが、訝しげに言葉を重ねる。

「え、あ、ダイ?」

またまたどこかにトリップしていた俺は、その声に現実に引き戻され、
ようやく声を出した。

『寝てたん?』
「いや、寝ようとしてたとこ…」

そうなんや、と電話越しに聞こえる声は優しい。
久しぶりに聞くダイの声に、ぎゅぅ、と何かが自分の中で疼くのがわかった。

「お前は…?何してたん…?」

何故だか動悸の激しい心臓を押さえながら言葉を紡げば、

『さっきまでトシヤと飲んどったんよ。今部屋に帰ってきたとこ』

予想通りといえば予想通りの答えが返ってくる。

「ん、そうか…」
『そうなんよ。でさ、』

そのまま何となく始まったいつも通りの会話に、
ようやく身体の疼きがおさまってきて。
もぞもぞと毛布に潜り込みながらダイの話に相槌をうって
久しぶりの感覚に心地よさすら感じ始めていた頃。
“ソレ”は、またもや急に現れた。

「…ッ!」
『? どないしたん?』
「ぇ……、や…っ」
『へ?か、薫くん?』

いつもと同じ、ダイの声。
でもこの距離は違う。

この距離は、この距離は……

『薫くん?』

耳元に落ちる、それはいつもより少しトーンの落ちたダイのヴォイス。
鼓膜を揺らすその声が、甘く、ダイレクトに腰に響いて。

ひくり、と身体が震えた。

『どないした?』

機械越しに俺を気遣うその声すら、腰にキて。
じわりと下半身に広がる、よく知ったこの感覚は

紛れもなく、あのトキの、もので。

「ダイ…っ」

は、と吐息混じりに零した名前は、自分でも信じられない程
甘く濡れていた。



『どないしたん?さっきからやけに色っぽい声出して。
 もしかしてシたなったん?』

からかうような、ダイの口調。
いつもなら鼻で笑って一蹴する言葉やけど。
今の俺にはそれすら叶わず、じわじわと覚えのある感覚に身体が浸食されていく。

は、と籠もった熱を吐き出そうとため息を零せば、電話の向こうで
ダイがこくりと息を呑むのが聞こえて。

『え、マジで…?』

ここで否定することが出来れば、してやったり、なんやろうけど。
生憎それは不可能な話で。

『かお、る…』

どうしよ、今すぐ抱きたい。

呼び捨ての名前に、続けられた言葉。

「ダイ…ッ」

今の俺の起爆剤になるには、十分すぎて───



今すぐ会えへん、この距離がもどかしい。
だからやろうか。

「ダイ…シたい……っ」

こんなにも、素直に感情を吐露出来たんは。




『薫…』

ダイの声が、徐々に熱情を帯びてきて。
自分の中で燻りはじめていた炎が、ゆらりと燃え上がるのを感じた。

 

NEXT