hazy moon
夏の終わり。
暦上はもう秋になろうとしているというのに、まだまだ残暑が厳しい季節。
それでも盛夏に比べたら朝夕はだいぶ涼しくなったな、とトシヤはベランダに続く大きな窓の傍で熟れそうな月を見ながら思った。
投げ出した身体をなぞる、ひんやりした風が心地よい。
先程まで風呂に入っていたことを示すように、髪はまだ半乾きの状態。
水分を吸って重たくなったバスタオルを首にかけたままだったために、早くも着ていたTシャツは湿り気を帯び始めている。
何をするわけでもなく、ベランダに足を投げ出して。
紫煙を燻らせながらぼんやりと時を過ごす。
2本目の煙草が燃え尽きようとしている頃、ようやく待ち人が風呂から上がってきた。
「トシヤー?何で部屋暗くしてんねんお前」
素足でぺたぺたとフローリングを歩く音。
背中からかけられた声に、トシヤは頭だけを後ろに振り向かせて返事を返す。
「窓開けてるから。虫入ってくるっしょ」
「あぁ、なるほどな。つか今日月明るいなー」
「そだね」
青白い月明かりが照らし出す室内。
そのためか、ダイは照明が落とされているのをものともせずに慣れた足取りで台所へ向かう。
勝手知ったる恋人の家。
大した躊躇もなく冷蔵庫を開けると、中から缶ビールを2本取り出してトシヤの元へと静かに歩み寄る。
「ん」
「あ、ありがと」
濡れた髪をわしゃわしゃと拭きながら差し出された缶ビールを受け取って。
隣に腰を下ろしたダイの顔を、トシヤはただ黙って目で追う。
自分ほどではないが、伸びた髪。
濡れている上に闇の中だからか、その髪色はいつもの鮮やかな赤色ではなく、濃い黒にも似て。
細い毛先が、雫を滴らせながらその白い首筋に張りつく。
そんなトシヤの視線を一向に介さず、ダイはマイペースに缶ビールを開けると口を付けて。
文明の利器で冷やされた液体をそれはそれは美味しそうに口に含んでいる。
苦い液体が過ぎるたびに、その喉元がこくりと動いて。
月明かりに照らされてやけに扇状的なその光景に、トシヤは目を奪われたままだ。
「ダイ、くん…」
「はー、やっぱ風呂上がりのビールは最高やな」
やけに掠れたトシヤの声。
聴覚すら刺激して、自分の鼓動を押し上げる―――これは紛れもない劣情。
はっきりと自覚する。
その存在が欲しくて仕方ないと。
対するダイはそんなことに気付く気配すらなく、呑気そうにアルコールを煽って。
毛先から一滴、ぽつりと水が滴り落ちる。
そんな些細な光景にすら、欲情、して。
「ちょ、トシヤ!?」
口を付けようとしていた缶を唐突に奪われ、ダイは不満げにトシヤを睨み付けた。
そんな視線をものともせずに身体を寄せるトシヤ。
濡れたその口元に、誘われるがままに口唇を寄せる。
「ん…っ!」
反射的に退こうとするその身体を抱きしめて。
伸びた髪に指を絡ませながら、その頭を固定する。
苦い液体で満たされた口内に、舌を侵入させて。
蹂躙する。
甘いシャンプーの香りが、ふわりと鼻先を擽って。
それだけで失いそうになる、理性。
「んんっ…ぅ…」
ぎゅ、と閉じられた瞳。
息苦しさからか、寄せられた眉根。
そんな表情のひとつひとつが、月の青白い光に映し出されて、やけに扇状的に目にうつる。
「ダイ、くん…」
解いた口付け。
ひいた銀糸が光に照らされてきらりと反射して。
ちゅ、と音をたてて舐めとると、トシヤはそのままダイの身体をその場に押し倒した。
息も絶え絶えな状態で、トシヤを見上げるダイ。
いつの間にかその手はトシヤの首元にかかったバスタオルを握りしめている。
「なに、いきなり欲情、してんねん…っ」
おもむろに首元に顔を埋めてきたトシヤの身体を押し返しながらそう言うと。
「だってダイくん色っぽいんだもん」
悪びれた様子もなく、尖らせた舌先でつ、と首筋をなぞりながらしれっと答えるトシヤ。
まだ微かに冷たい髪が、頬に触れて。
「あほ…っ、こんなとこでおっぱじめんな…!」
そのまま行為に持ち込もうとしているトシヤの頭を叩いて、中断させる。
Tシャツを捲り上げながら白い肌に指を這わせていたトシヤは、不満そうに手を止めて。
「もー…何?」
「何、とちゃうわ!窓閉めろっちゅーねん!」
「誰も聞いてないってぇ〜…」
「アホか!」
何とかその腕の中から這い出して、開けっ放しにしていた大窓を閉める。
「ね、もういいでしょ?」
「こんなとこでする気か、お前」
「うん。何かそんな気分」
嫌そうに眉を歪めたダイに、トシヤはにっこりと笑いかけて。
その手を引いて、再び固いフローリングの床に押し倒した。
行為を再開させてしばらく、トシヤの目にあからさまに表情を歪めるダイの顔が飛び込んできて。
「どーしたの?」
Tシャツを捲り上げながらトシヤがそう問い掛けると、ダイがじっとりと自分に乗っかかったままの男を睨み付けながら口を開いた。
「背中。痛いんやけど」
「へ?…あ、あぁ、そか」
ダイの言いたいことがわかり、トシヤはその身体をいったん抱き起こすと、その下に首にかけていたバスタオルを敷く。
湿った生温い感触が背中を覆って、ダイは小さく溜息をつきながら自分と同じようにTシャツを脱ぎ捨てて
上半身裸になったトシヤの顔を見上げた。
「なぁ…ベッドやったらあかんわけ?」
別にしたくない、と言っているわけではない。
少し移動するだけで、セミダブルのやわらかなベッドがあるというのに。
何を好き好んでこんな固いフローリングの床でしなければならないのだろう、とダイは不満をぶつぶつと並びたてる。
確実にこの行為の代償を受けるのは自分だというのに。
「もーたまにはいいじゃん。ね?ほら、黙って」
トシヤはそう曖昧に笑いながら、未だ不満を並べていたダイの口唇を自分のそれで塞いだ。
舌で口唇をなぞって。
誘い出した舌を絡み合わせる。
「んん…っ、ふ……」
無意識かそれとも自分の意志でか、トシヤの首元に回される腕。
引き寄せられるがままに、身体を寄せて。
舌を絡めたままの状態で、トシヤは纏うもののなくなった白い肌に指を這わせた。
きめの細かい、なめらかな肌。
吸い付くようなやわらかい感触を一頻り味わうと、今度は口唇でその肌の上をなぞっていく。
「ん…っ、ぅ……」
噛み殺した声に、舌を這わせたままで視線を上げると。
案の定、その口唇が噛みしめられていて。
「ダメだって、血ぃ出るって言ったじゃん」
トシヤはそう言うと、左手の人差し指をその口内に突っ込んだ。
「んぅ!?」
驚愕に目をこちらに向けた、ダイの口内を指先でなぞって。
トシヤはそっと、やわらかくその肌を食んだ。
これから始まるツアー。
この白い肌に跡を残すことが出来るのは今日でしばらくお預けか、と頭の片隅でぼんやりと思考を巡らせて。
「ちょ、トシヤ、跡…!」
「心配しなくてもそんな強く吸ってないから。すぐ消えるよ」
本当は。
しばらく消えないぐらい、濃いキスマークを残したいのだけれど。
この人は俺のものだ、と。
この身体に所有印を残していいのは俺だけだ、と。
そう、見せびらかせたいほどに。
願望でしか過ぎない考えに、トシヤはただ小さく笑って。
青白い光に照らされたその肌に、淡く残った跡を指先でなぞる。
「ト、シヤ…?」
動きを止めたトシヤを訝しむ、ダイの声。
「ごめん、何でもないよ」
トシヤはそう笑んで。
ダイのはいていたスウェットに手をかけると、下着もろとも手際よく取り去ってしまう。
そうして唐突に、ダイの脚を広げて。
「ちょ、トシヤ…!」
羞恥に思わず声を上げたダイを余所に、その脚の付け根に口唇を寄せると、そこを強く吸い上げる。
「い…っ!!」
痛みに声をあげるダイにも構わず、ただそこに強く強く残す―――行為の証。
ふとした瞬間でいい。
これを見て、思い出して。
そうして自分を欲しがってほしい。
強く強く、自分がダイに焦がれているように。
「アホ!痛いわ!」
「ごめんごめん」
涙目で睨み付けるダイに、大して悪びれた様子もなく微笑むトシヤ。
怒りの矛先を別のところへ向けようと、少しばかり快感の兆しを見せはじめていたダイのソレを握りしめて。
「っあ、ん…っ」
途端に甘い声を上げるダイの顔を見つめる。
青白い光の中に浮かび上がるその表情はひどく扇状的で。
ごくりと息を呑んで自覚する、劣情。
―――ただ、欲しくて
「ダイくん、身体起こして…?」
「え?っ!?」
その身体を抱き起こすと、自分の方に凭れかけさせて。
入り口を、探る。
肩口に顔を埋めて息を詰める、その身体を抱きしめながら。
「やっぱアレないときついか…」
辿り着いた受け入れ口を指先でなぞりながら、トシヤがぽつりと呟く。
当たり前だが勝手に濡れたりしないソコは、トシヤの指の第一間接を受け入れるのも厳しい状態で。
ダイの身体を抱きしめたまま、何か潤滑油のかわりになるものはないかと視線を滑らせたトシヤは、
近くの棚に置きっぱなしになっていたハンドクリームに目を付けた。
腕を伸ばしてそれを引き寄せると、蓋を捻って。
指先で中身を掬うと、クリームを纏った指をそのままダイの中に沈み込ませる。
「んん…っ!」
は、と熱い吐息が鎖骨にかかって。
無意識にか力む身体を宥め賺すかのようにあちこち撫でながら、沈めた指をゆっくりと動かす。
「痛くない…?」
黒っぽく光る髪の間からのぞく、白い耳。
コントラストがやけに扇状的で。
誘われるがままにそこに歯をたてながら、トシヤが囁くように問い掛ける。
長い指が、ぐるりと胎内を掻き回すように蠢いて。
「っ、トシ…」
ひく、と震える身体。
何度抱いても細い肢体だと思う。
昔は自分もその比ではなかったけれど。
「気持ちいい?」
ちゅく、と耳の中に濡れた舌を差し込みながら問い掛ける。
一端引き抜いた指を、今度は2本に増やしてその中に突き立てて。
「は…っく、あ…」
熱い、その中。
内壁が誘い込むように蠢いて。
トシヤの長い指の形を喜んで受け入れ、溶けて、強く締めつけてくる。
「ダイくん…」
「やっ、あ、はぁ…っ」
甘い声が、零れ落ちて。
埋められた首元に、かかる熱い吐息。
耳元に落とされる嬌声が、さらにトシヤの劣情を煽りたてて。
「も、いい…?」
くちゅ、と濡れた音をたてながら、指を引き抜く。
ソコは抜かれていくのを拒むように、強くトシヤの指先を締めつけて。
閉じていた目蓋が、音もなく薄く瞬く。
淫蕩に溶けたその表情。
潤んだ瞳が、ただ欲しいと訴えてくる。
「ダイくん、ちょっと身体浮かせて?…そう」
指を引き抜き、ダイの腰に手を添えながらトシヤがそっとその頬に口付けを落とす。
そのままゆっくりと、その身体を落とさせて。
「あ…っ、はぁ…ッ……」
胎内を侵食する熱を、少しばかりの苦痛を伴いながら受け入れるダイ。
慣らされた身体は、重力も手伝ってトシヤ自身を飲み込んでいく。
打ち振った頭。
額から一筋汗が流れ落ちて。
「ダ、イ…」
自身がきついくらいのダイの中に飲み込まれていくのを感じながら、トシヤが掠れた声でダイの名前を呼んだ。
痛みにか伏せられていた目蓋が、緩く瞬く。
その長い睫毛が青白い光を受けて白っぽく光る、そんなことにすら欲情して。
ただ、言葉もなくその身体を掻き抱く。
あまりに愛しすぎて。
言葉に出来ない想いが胸の辺りで渦巻いて、行き場を求めて彷徨っている。
もっと。
もっと自分が言葉に雄弁であったとしたら、この感情を言葉で言い表わせたのだろうか。
そんなトシヤの思考を止めたのは、ダイの口から零れた苦しげな声だった。
「トシ…苦し……」
「あ、ごめん」
知らず、随分と力を込めてその身体を抱きしめていたらしい。
慌てて身体を離そうとしたトシヤを、ダイはやんわりと抱きしめて。
「俺抱きながらどこトリップしてんねん、お前」
は、と苦しげに息を吐きながら、ダイが不満げに口を尖らせる。
そんなダイをしっかりと抱きかえしながら。
「ごめんごめん。ダイくんが好きすぎて、どうしたらいいか考えてた」
そう言って目の前の口唇に口付けを落とす。
触れるだけで離れていったそれを、今度はダイが追って。
「わからへんの?」
挑戦的な笑みを浮かべるダイ。
いつもは人なつっこい表情を浮かべているその顔が、今ははっとするほど蠱惑的で。
「うん…。どうして欲しい?」
溶け合った部分が、刺激を求めて疼いている。
高みにのぼらせろと無意識に揺らめく身体は一体どちらのものか。
境界すら、見えなくなる。
「じゃあ、今は溺れさせてみろ」
にぃ、と弧を描いた口唇。
ダイはトシヤの両頬を掌で包み込むと、その口唇を奪って。
「………言ったね?」
どーなっても知らないから。
そう言ってトシヤが笑う。
くしゃくしゃになったバスタオルの上に、ダイを押し倒して。
その身体に覆い被さった。
額からぽつりと汗が流れ落ちる。
外は涼しいはずなのに、傍の窓ガラスはいつの間にか白く曇って。
汗だくの身体を溶け合わせたままで、快感の極みへ上り詰めていく。
ただ、目の前の存在しか目に入らなくなって。
思考回路すら、ホワイトアウトしていく。
「好き……」
零れた言葉はどちらが囁いたものだったのか。
窓の外には、熟れそうな甘い月。
ただ、恋人たちの夜を照らして静かに傍観する。
―――それは、夏の終わりの、長い夜の始まり
END