ダイの白い指先を見つめた。
ギターを爪弾き、煙草を銜え、そして俺の上を滑る指。

一見その手はひどく大きく、ごつく見えるのに。

その指先は想像以上に器用で、繊細―――

 

その指先で

 

「薫くん?どないした?」

急に声をかけられて、俺は、は、と意識を浮上させた。



「え、ごめん、何?」

突然話しかけられたときに、はい今まで話を聞いていましたという言葉が咄嗟に出てくるような
ボキャブラリーを持ち合わせてる人間はそうはおらんと思う。
かくゆう俺もその1人やったらしい。
露骨に慌てた様子の俺を見て、ダイは不思議そうに首を傾げた。

「どないしたん?人の手元じーっと見て」

なんかついてるか?とダイは煙草を銜えて自分の手をひらひらさせている。

「や、何もない…ねん」

否定の言葉を吐いてみたところでそれは今更で。

「何なん?気になるやん」

興味津々、といった感じでダイが身を乗り出す。
目の前ににこっと人なつっこい表情。

真っ正面からの視線をまともに受けられずに、助けを求めるようにしてドアの方向に視線を彷徨わせると、
偶然にもそのノブが回った。

「あーつっかれたー。…何してんの2人とも?」

のびをしながら入ってきたのはトシヤで。
ソファのあっちとこっち側。
机を挟んで、俺は若干腰が引けた状態、対するダイは身を机の上に乗り出している状態を見て、きょとんと首を傾げている。

「何かなぁ、薫くんが―――
「や、何もないでトシヤ!俺ちょお煙草買ってくるわ!」

説明しようと口を開いたダイの言葉を遮って、その場から立ち上がる。

「ちょ、薫く…!」

慌てたようなトシヤの声がしたが、今はその声に足を止めていられる程余裕はなくて。
振り返ることもなく、俺は廊下を突っ走って逃げた。

「…薫くん、次だったんだけど…」

トシヤの呟きは、当然俺の耳に届くことはなく。



あてもなく建物内を走って、辿り着いた屋上で。
冷静になってふと、トシヤの後は俺の順番やったことに気付いて。
あのとき名前を呼ばれとったんはそのせいやったんか…!と後悔して慌てて楽屋に戻るも、
そこにはトシヤの姿しか無く。

「もー何処行ってたんだよ薫くん。仕方ないからってダイくん先行ったよー?」
「あ、そぉなん…?すまん…」
「や、俺に謝ったって仕方ないんだけどさ。どしたの?珍しいじゃん」

煙草を吹かしながらトシヤがたずねる。

「いや…たいしたこととちゃうねんけど…」
「たいしたことなくて薫くんが仕事に穴開けないっしょー?」

そう言いながらけたけた笑うトシヤ。
…確かにそうなんやけどな。

言えへんやろ、普通。
ダイの手に見惚れとって、突然話しかけられて動揺した、とか。
絶対笑われるに決まってるやんか。

俯いて言い淀む俺を余所に、トシヤは弄くっていた携帯をぱたん、と折り畳んで。

「ま、何があったかは知んねーけどさ。ダイくん心配してたよ?」

じゃ、後は頑張って!お疲れ!

他人事のような(実際他人事や)台詞を吐いて俺の肩を叩くと、荷物を持って楽屋を出て行った。






インタビュアーに丁寧に謝って、取材を受けて楽屋に戻る頃には既にダイが帰る準備万端、といった感じで俺を待っていて。

「今日薫くんとこ寄ってってええ?」

先程のことはもう記憶の彼方なのか、ダイは煙草を吹かしながらそんなことを口にした。

「あー…ええよ。家何もないけど」

烈火の如く問いつめられるかな、と少し身構えていた俺は、少々拍子抜けしながらも返答を返す。

「ほな何か食うて帰ろか」
「せやな」

楽屋に散らかしていたものを鞄に詰めて肩からかけると、ダイも自分の荷物を手に取って立ち上がる。

「そういやトシヤは?」
「あぁ、何か先帰ったみたいやで?」
「そうなん?」

今日は弦楽器隊のみの雑誌のインタビューで。
俺とダイ以外のメンバーはおらへんかった。

送りのバンに移動して、家の近くで降ろしてもらう。
俺に続いてダイも。

適当に飲み屋に入って、とりあえず腹を満たして。
コンビニに寄って缶ビールと焼酎を買い込んで、自宅に戻ったのがついさっき。






「そう言えば、今日ほんまどないしたん?薫くん何かあったん?」

部屋に帰ってリビングのソファに座ったダイが、何の前触れもなく話題を蒸し返して。
心構えも何もしてなかった俺はあっさり動揺してしまう。

「別に…普通やし…」

我ながら見え見えな嘘ついてんなーと思う。
当然ながらダイもそれをわかっていたようで、俺がそう答えるなり嘘つけ、と速攻で突っ込まれた。

「人の手元ぼけーと見とったかと思えば、いきなりどっか逃げるし。
 仕事の虫の薫くんが取材の順番忘れとったとか、普通あり得んやろ」
「………」

返す言葉のない俺。

トシヤは適当に誤魔化せたけど。ダイは誤魔化しきかんやろなぁ。
でもだからって正直に話す?いや、それはどう考えても寒すぎるやろ…

1人黙りこくって考える俺の目の前で、ダイが煙草を取り出して火を付けた。

白い指先。
同じギタリストでも、全く違う手。

ギターを弾くのと同じ手が、同じように俺の身体を滑る。

「………」

かぁ、と今度は頬を赤らめた俺に、ダイは益々訝しむような視線を此方に向けた。

「薫…くん?」
「え……っ!?」

ぱっと顔を上げた先。
くぃ、と煙草を持ってない方の指が顎にかけられ、顔を固定される。

「さっきから何1人で俺の指見て考えてんの?」
「!!」

なん…っ、で…バレて……

「そらわかるわ。人の指じーっと見てたかと思えば顔赤らめたりとか。
 んで?薫くんは何を想像してたんですかー?」

全てお見通し、といった表情で、ダイがにやにやと笑う。

「…べ、べつに何も考えてないわ」

さっき以上にあからさまな嘘に、ダイが喉の奥でくっと笑って。

「へぇ…?」

顎にかけられていた指が不意に解かれたかと思うと、つ、と顎から首筋にかけてのラインをなぞられた。

「ッ……」
「素直になった方が、楽やと思うけどなぁ…?」

笑いを含んだ声。
全部見透かされとったって、ここで認めるのはどうしても癪で。

「知らんわ!」

ふい、とそっぽを向く。
ダイの手を振りほどいて距離を置こうとすると、逆に腰に手を回されてしっかり抱きすくめられて。

襟足の短くなったうなじに、つ、と舌が這わされる。

「…っ」

びく、と身体が震えた。

「ええよ?意地はるんやったら意地はれんくするまでやもん」
「は?って、ちょ、ダイ…!」

抱きかかえられて、有無を言わさずベッドへ直行。






その後のことは…もうあんま思い出したない。
腹立つけど、素直にゆーこときいときゃよかった、と思うまでダイに好き勝手ヤられて。
俺のツボなんか全部見透かしとるダイに焦らされるだけ焦らされまくって結局全部吐かされて、
帰ってきたのは夜中やったはずやのに気付いたらもう空が霞み始める時刻。

下半身から下は既に感覚がなく、意識はただひたすらに怠い。

「この…アホダイ」

好き放題人の身体を貪ってさぞかし満足したのか、隣で気持ちよさそうに寝息をたてているダイの頭を小突く。
さっきまでぞくりとくるような淫猥な笑みを浮かべていた顔が、今はやけにあどけなくて。
そんな顔を見ていたらこれ以上何かをする気にもなれず、溜息をついてごろりと横に寝転がった。

何気なく視線を滑らせた先。
俺の頭の下に引かれた腕のその先にある、ダイの手。

考えたら指先が、一番最初にダイが俺に触れた場所で。

ギターを爪弾く指。
煙草を挟む指。
俺を愛おしむように触れる指。

全部がダイの手で。

その指先で簡単に人を溺れさせるダイが、心底憎くて心底愛おしい。






あの日、震えながら俺に触れたその指先。
その瞬間に魔法をかけたことに、ダイはきっと気付いてなんかいない。

「ダイ―――

お前を創る全てが愛しいから。
その全てをずっと俺だけに与えていてほしい。






叶うならば、



その指先で
―――

 

END

 

ダイくんの手がすごい好きなんです
それで何か書きたくなって
本番を書くかどうかで迷い中
どうしようかな…