ESCAPE
2ndstep
*side 京
トシヤに渡されたメットを被って、後ろに跨った。
バイクに乗ってんのは知っとったけど、乗せてもらうのは初めてで。
「大丈夫?」
かけられた言葉。
メットのせいで、ちょっと声が聞き取りづらい。
「大丈夫」
少し大きめの声でそう返事をすると、トシヤがこくりと頷いて。
「行くよ。しっかり掴まって」
そう言って腕を取られて、腰の辺りに回される。
ぎゅ、と俺が握りしめたのを確認して、トシヤがグリップに手をかけた。
思うように動かない大通りを抜けて、狭い路地を走り抜ける。
トシヤの背中越しに感じる世界。
生ぬるい風が、シャツをはためかせて通り抜けていく。
ひっかかった信号でトシヤは少し首を傾けると、グローブをしたままの手で俺の腕に触れて。
「焼けちゃうね」
そう言って、ノースリーブで剥き出しだった俺の腕をなぞった。
「トシヤもな」
「うん、俺やべぇ。半袖だもん」
Tシャツ焼けするよー、と笑うトシヤ。
被り慣れないヘルメットのせいで距離感がつかめずに、ごつんと音をたててトシヤのメットと俺のそれがぶつかり合って。
信号が変わる前に姿勢を戻したトシヤの背中に、ぎゅっと抱きつく。
広い背中。そのくせ、腕を回した腰は折れそうなほどに細くて。
真正面からの風が、伸びた髪を靡かせて遊ぶ。
「何処行く?」
振り返らずにかけられた声に、俺はトシヤの肩に頭を乗せながら。
「何処でも」
いつもより大きめの声で答える。
人が、車が、風景が、流れて。
俺たちの声すら、遠くへ掻き消されていく。
地元でもない場所で、かつ車の運転もしない俺にとって、地理なんてわかるはずもなくて。
ただどんどん密集地帯から離れていくのだけは何となくわかって、郊外へ向かってるんかな、と思う。
そんな俺とは正反対に、迷う様子もなくバイクを走らせるトシヤ。
真夏の太陽が容赦なく降り注ぐアスファルトの上を、あてもなくただ直走る。
不快な蒸した空気も、湿った生ぬるい風も。
今は気にならない。
少しずつ、訳のわからなかった焦燥や苛立ちから解放されていくのがわかる。
トシヤが何でバイクに乗ろうとしてたのか、朧気ながらもわかった気がした。
*side トシヤ
最初は驚いた。
「俺も連れてってや」
そう言って鮮やかに微笑んだ京くん。
何も話してなかったはずなのに、どうして俺が逃げようとしてたのかわからなくて。
ただ呆然とその顔を見つめることしか出来なかった。
でも。
「一緒に逃げようや」
その、一言が。
俺と同じような、でもきっと違うであろう―――苛立ちや、焦燥を抱えた瞳が。
今の京くんを如実に表していたから。
俺は、何も言わずに頷いて予備のメットを京くんに手渡した。
人を乗せて走るのは本当に久々だったけれど。
京くんもタンデムにはそんなに慣れてないのか、何処かちょっと危なっかしくて。
思わずその手をとって俺の腰に回させた。
ぎゅ、と握りしめられた手。
頼りなく肩口を握りしめられてるよりもずっと安定した状態にほっと息をつきながら、
俺はグリップに手をかけてクラッチをつないだ。
相変わらず人や車でごみごみとした大通りを抜けて、狭い路地を走らせる。
背中越しに、京くんの体温。
不快であるはずの他人の体温が、今はやけに心地がいい。
煌々とした太陽の下で、俺の腰に回された白い腕が視界に入る。
信号待ちのときに焼けちゃうね、と声をかけると、トシヤもな、と京くんに笑って返された。
確かに衝動的に出てきたから、日焼け止めなんか塗ってるわけもなく、ましてや長袖なんて以ての外で。
「うん、俺やべぇ。半袖だもん。Tシャツ焼けするよー」
自分の腕を見つめながら笑う。
おそらく被り慣れないメットのせいで距離感がつかめないんだろう、ごつんと京くんのメットと俺のそれがぶつかり合う音がする。
そろそろ信号が変わる、と思って体勢を元に戻すと、ぎゅ、と俺の腰に回された腕に力がこもって。
京くんのしなやかな体躯が俺の背中にぴったりとくっつけられた。
誰かと肌を合わせるのなんて以ての外だと思っていたのに、何故だかひどく安心する。
今なら、何処へでも行ける気がした。
「何処行く?」
京くんの体温を感じながら、振り返らずにそう声をかけると。
「何処でも」
即座に返ってくる声。
風が、耳元を擽って。音を掻き消していく。
人が、車が、風景が。
視界に入っては横切って流れていって。
肌をなぞる真正面からの風。
背中越しに感じる体温だけが、やけにリアルで。
少しずつ、訳のわからなかった焦燥や葛藤から解放されていくのがわかる。
連れ去っているのか、はたまた背中を押されているのか。
バイクを走らせているのは俺なのに、京くんに背中を押してもらっているような気がする。
1人じゃないよ、って。
腰に回された腕が、確かにその存在を訴えてくれるから。
京くんと一緒で良かった、と。
俺は心から思った。
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