どうしてこんなにも、ドキドキするんだろう
満たされる胸は、甘酸っぱさで弾けそうになる
daytime dreamer
暑苦しさに目が覚めた。
すごくイイ夢を見てた気がする。
でも起きた途端忘れてしもた。
「最悪…」
ぽつりと呟いて体を起こす。
その拍子に、ぽつりと汗がこめかみから首筋へと流れ落ちた。
仮眠用のソファでいつの間にか眠ってしまってたらしい。
机の上には電源の切られた携帯と、空になった煙草の箱が乱雑に置いてある。
空調設備が壊れていると言われたにも関わらず、いいと言い張ってもぎ取った仮眠室。
今、この部屋にはメンバーもスタッフも俺の機嫌の悪さを恐れてか、誰1人として近付いて来ようとする奴はおらんかった。
「暑い…」
思い出したように呟き、ソファに体を沈める。
ぎりぎりにまで開け放たれた窓からは、相変わらず忙しない虫の鳴き声と車の排気音が混ざりあって聞こえてきていた。
暑さに眉を顰めながらも、再び目を閉じる。
先程まで見ていた夢の、続きを探すように―――
「京くん」
遠くに声が聞こえた。
低い、ヴォイス。誰の声やっけ…
「京くん、起きて。言ってた時間になったで」
少し小さめ手に、骨張った指。
肩を軽く揺さぶられる震動に、俺はゆっくりと薄目を開けた。
「あ、起きた?」
「…薫くん…」
視線の先、相変わらずスラリとした顔に笑みを浮かべる人物に焦点を合わす。
「汗だくやで?よぉこんな暑い部屋で寝てたなぁ…」
額に張り付いた髪をかきあげられて、薫くんの指が頬に触れる。
冷たい、指先。ほんの僅か、訪れるデジャビュ。
でも、一体何処で…?
「もうちょっと寝てるか?京くんここ数日寝てなかったやろ?」
深層意識に溶け込むように再び目を閉じた俺に、薫くんがそう声をかけてくる。
俺は曖昧に頷くと、そっとソファに置かれた薫くんの指先に触れた。
冷たい指。深爪。
知らないはずなのに知ってる、その指の感触。
ついに暑さで頭がイってもたんかもしれんな…そう、1人ごちる。
都合のええ幻覚でも見てたんやろか。
伸ばしてた手を引っ込めて、再び眠りにつく。
もしかしたらまだ夢の中におるんかもしれへん。
これが現実と言うには、あまりに朧げで掴み所がなさ過ぎる。
「おやすみ」
ほら。
かけられる言葉はひどく甘い。
目を開けている訳じゃないのに薫くんがやわらかく笑ったんがわかる。
―――一体、この胸に感じてる切なさは何なんやろう?
「おはよう京くん。もう大丈夫なん?」
仮眠室を出て、ブースに入ろうとした俺を薫くんが呼び止めた。
「あぁ…うん」
目覚めたのはもうすっかり日が傾いてから。
やけにすっきりした頭が、さっきの出来事を現実だったのか幻覚だったのかを判断出来ずにいた。
ほんの小さな棘のような、引っかかりだけが喉元に残っている。
「なぁ……薫くんさっき…」
「ん?何?」
聞いてしまえば簡単なこと。
「や、なんでもない」
けど敢えて俺はそうせぇへんかった。
ひらひらと手を振って薫くんの元を後にする。
抱えている切なさも、触れ合ったと思ったときのときめきも、
もうすぐ何もかもが理由を伴って解る気がしたから。
それは、勘。
手にした冷たい缶コーヒーから一筋水滴が流れ落ちた。
暑い夏の日、見たのは現実か白昼夢か。今の俺にはそれを知る術はないけど。
「それもありやんな…」
暑さに街が蜃気楼で揺れる。
たまには、こんな曖昧な状態もええかもしれへん。
新しく買った煙草の箱から1本取り出し火を付ける。
口の中に、ほんの少し苦い味がじわりと広がった気がした。
END