名前を呼ばれるということ
それは俺が確かに此処にいることを証明してくれる
CALL MY NAME
押し殺した声と、荒い呼吸音と、濡れた音。
お互いの表情が手探りでしか探れないような真っ暗な闇の中で重ねた体は、
視覚よりも聴覚が鋭敏になっていて。
瞳を閉じても開いても広がる闇の中、自分を抱いている人物が
間違うことのない愛しい人であることを確認したくて、その耳元で何度も何度も名前を繰り返す。
『薫』
と。
いつも照明を付けられたまま行われる行為に文句をつけたのは、確かに俺の方だった。
「電気消してよ。恥ずかしいじゃん」
何度言っても聞き入れてもらえなかった言葉。
今日こそは、と、薫くんより後に部屋に入って電気を消して。
ベッドサイドのスタンドに伸ばされた薫くんの手を掴んでベッドに押し付け、荒っぽい口付けを仕掛けてやった。
最初こそ戸惑い気味であったものの、その後すぐにいつもの調子を取り戻した薫くんにあっさり形勢を逆転されて。
口付けられたまま、体を下に組み敷かれる。
いつもならそこでスタンドに手を伸ばす薫くんが、今日はめずらしく手を伸ばさずに。
俺の指先に自分の指を絡めあわせながら、耳元でこう囁いたのだ。
「たまには真っ暗な中ってのもええかもな」
「かお…る……っ」
「ん?」
いつまで経っても闇に慣れない瞳。
月明かりさえない真っ暗な部屋が、こんなにも恐いものだとは知らなくて。
薫くんの指先、唇、舌。
それらで熱が煽られてることが頭ではわかっているのに、どこかひとりで熱に溺れてるようで不安になって。
自然と声は涙がまじり、手は薫くんを探すようにシーツの海を行ったり来たりしている。
と、不意に指先に薫くんの指先が絡まりあって。
ぎゅう、と力をこめて握りしめると、同じくらいの力をこめて握り返される。
「トシヤ」
広がる闇の中、確かに自分を呼ぶ声が響いて。
低い薫くんの声が、俺の存在を確かなものにする。
「薫く…ッ」
光の見えない闇は、まるでブラインド。
不意にふわりと抱き寄せられて。
鼻腔を擽ったいつもの香りに、あぁ薫くんだ、と今更ながらに思う。
体温も、かたい指先も、香りも。
間違うはずがない。
俺を抱いているのは、確かに薫くんで。
何よりも愛しく紡がれる声が。
俺の名前を、甘く甘く囁くから。
「かお…る……ッ…!」
繰り返される律動に、甘く沸き上がる快感。
その体に縋り付いて、体を蕩かす。
薫くんのカタチに。
溶けてひとつになる。
融合する。
不安が消える瞬間。
「薫…っ……」
爪先で肌を掠める感触は、傷痕を残したからか。
手探りで探られる頬、触れ合わされる唇。
吐息を奪い合うような口付け。
どこか獣地味た、喰らわれ方だと思う。
闇の中、見えないはずの薫くんの目と視線が絡んだ気がした。
「ア…っ…、ふぁ……」
濡れた音と、肉と肉がぶつかり合う感触が、闇という空間も手伝ってか、理性を剥がれ落ちさせていく。
動物の戯れに近い、行為。
「はぁ…っ、ア……ッん、かお…」
切れ切れな呼吸の合間に、必死に言葉を紡ぐ。
と、瞬間ぱっと視界が明るくなって。
頭のすぐ上で、俺を見下ろしている薫くんと目が合った。
「…やっぱ、顔見たい」
「えっ、な、や……!」
その言葉に、ようやく現状を理解する。
いつの間にか点されていた、ベッドサイドのランプ。
「顔、見して」
「やだ…ってァッ」
慌てて顔を隠そうにも、手はベッドに縫い付けられたままで。
じっと見つめられた状態で、打ち付けられる腰。
「あァ…っ!!」
隠しようのない、濃い快楽の色。
それが、何の隔たりもなく、薫くんに見られているから。
羞恥で体の熱が上がって、行き場をなくして渦巻いている。
「ぁ…っ、ん…!あぁぁっ」
真綿で首をしめられているみたいに、苦しい。
酸素が足りなくて力無く開きっぱなしの口からは、とめどない嬌声。
信じられないくらいに甘くて濡れた自分の声が、ベッドの軋む音に重なって聞こえる。
「かお…る……」
その首に手を回し、体に縋り付く。
限界が近い兆し。
「ん……」
舌を絡ませ合う口付け。
何故だろう。
暗闇ではあれほど不安で繰り返して名前を呼んだのに、その目を見ているだけで安心するなんて。
「あ…ァアッ!!」
視線を絡ませたままで、イかされる。
最後はもう、焦点なんてあっていなかったけれど。
次の日。
めずらしく夕方に仕事が終わり、さっさと家に帰りたがるはずの薫くんが意気揚々と俺を引っ張って来たのは
普段滅多に立ち入ることのないアンティークショップで。
男二人じゃ明らかに浮く店内で、向かった先はサイドランプ売場。
「何で?薫くんちあるじゃん」
目を丸くしてそうたずねると、薫くんは小さく笑って。
「もーちょっと淡いのがええんやろ?」
「………!」
何もかもお見通しと言った、自慢気な表情の薫くん。
全くその通りだから、この人には敵わない。
「どれがええん?」
「やけに気前いいね、薫くん」
「本人が選んだ物なら、もう文句は言わせへんからな」
「…今日もヤる気?」
「もちろんv」
「………」
「で、どれ?」
そんな会話の後、帰宅した部屋のベッドサイドに置かれたのは甘いヴァニラのアロマキャンドル。
煌々とした電気の元は嫌。
暗過ぎるのも嫌。
キャンドルの淡い光の中で、その声に抱かれているのが、一番イイ。
END