やわらかな檻
その声がすき。
「ダイくん!!」
その声に名前を紡いでもらいたくて、聞こえてるのにわざと聞こえないフリをしていることもあった。
「ダイくん!!聞こえてんだろー!?」
焦れて声を荒げる君。
空気を震わせる音。
「雨が近いかな」
呼ぶ声に答えずにそうぽつりと呟くと、トシヤがあからさまに不機嫌を露わにしてナンデ、と言った。
「姫君の機嫌が悪い」
「誰が姫だよ。それに機嫌を悪くさせてるのはダイくんだろ」
生意気な口。
わがままに聞こえるのに、吐く文句は至って正論。
君のそんなところもすき。
湿気を含んだ空気を煙草と共に吸い込む。
雨は嫌いじゃない。
煙草は美味しいし、澱んどった空気が洗浄される気がする。
見てたら気が滅入る天候も、カーテンを閉め切っていれば気にもならない。
「…どうしたん、トシヤ?」
たっぷり時間をおいてからの返答。
予想通り、トシヤはむくれてそっぽ向いてしまっている。
「知らねーよ」
そう言ってテレビの下からゲーム機を取り出し、電源を入れて。
最早完全無視を決め込んだのか、トシヤは黙々とコントローラーを握りしめて画面を見つめている。
いつもむくれたらすぐに部屋を飛び出して1人になりたがるくせに、俺といるときに限って同じ空間にいてくれた。
きっとそれは知ってるから。
拗ねて向けた背中を、後ろから俺が抱きしめることを。
そして必ず腕の中でこう呟くのだ。
「ダイくんのばーか」
と。
「可愛げがないのは、この口、か?」
その手からコントローラーを取り上げて、開いた片手をトシヤの顎にかけて親指で口唇を割る。
のぞかせた舌で、わざと指をなぞるしぐさ。
挑戦的な表情は、はっとするほど扇情的で。
背後の画面で、派手な爆発音があがる。
その頃にはもう、お互いの呼吸を奪い合うことに夢中になっていて。
甘い肢体を抱きしめたまま、舌先を絡めるキスを繰り返す。
やらしいキスだとか、服を脱がす手際の良さ、果ては押し倒すタイミングまで。
計算でやってた時代も無きにしも非ずやけど、トシヤとは基本的に『気持ちいいこと優先』。
ふたりでするから気持ちいいわけで、トシヤとするから満たされるわけで。
「…してや?」
髪を撫でながら、耳元で甘く囁く。
一方的に追いやられるのを嫌がるトシヤは、前戯にいたっては俺に負けず劣らずで。
床に座ったまま俺の下にしゃがみこむと、ジーンズの前をくつろげ、取り出してくわえこんだ。
自身に絡む、トシヤの長くて白い指と、濡れた口元。
普段はあどけない表情を浮かべてるトシヤの、微かに歪んだ顔に、こくりと息を呑む。
セットされていないさらさらの髪を撫でてやりながら続きを促す。
「ん…ッ、ぅ……」
途切れ途切れ零れ落ちる声が、やたら艶っぽくて。
慣れた舌使いと相俟って、余計に自身が刺激されていくのが分かる。
時折濡れた瞳でこちらを見上げてくるのは、確実に確信犯。
「…飲める?」
涼しい顔をしながら、実は俺も限界が近かったりして。
それはくわえてるトシヤも重々承知だったのか、視線を合わせたまま小さく頷いた。
先端をこじ開けるようにしてスライドする舌と、嚥下する度に締め付けられる感覚に、やがて限界が見えて。
「っク……!」
何かにすがるようにのばした指先、思わず目の前の表情を隠す長い髪を握りしめる。
「んぅっ…!?」
刹那、トシヤの目がぎゅっと閉じられて。
その口内に吐き出された、青臭い液体。
ごくりと音をたててそれを飲み込むと、濡れた口元を拭いながらトシヤが俺の顔を見上げてくる。
「…苦ぇよ」
「やろな。すまんすまん」
未だ白い液体が付着したままの口唇に指を伸ばして、そこを拭って。
そのまま頬に手をかけて、顔を近付ける。
「今度は気持ちよぉしたるから、機嫌直せって」
口唇が触れ合う寸前で囁いて。
まだ悪態のひとつでもつきそうなその生意気で甘い口唇に、俺は柔く歯を立てて噛み付いた。
「ん……ン…」
口唇を触れ合わせずに舌だけを絡めながら、その身体をソファに押し倒して体勢を入れ替える。
絡まり合った唾液が、トシヤの口唇を濡らして頬を伝う。
その軌跡をなぞるように舌を這わせながら、片手で器用にトシヤのジーンズのベルトを抜いて。
ボタンを外してジッパーを下げ、前をくつろげる。
手で熱に触れた途端、組み敷いていたトシヤの身体がびくんと揺れた。
目線だけを上げて顔を見つめると、ほんのり紅潮し始めていた頬がかぁ、と赤く染まる。
ベッドの上やったらあんだけ奔放というか、時々こっちがびっくりするくらい明け透けやのに、
未だにこんなことで真っ赤になる初さも持ち合わせていて。
そのギャップが愛しくてたまらへん俺は、相当コイツに骨抜きにされてるんやろう。
なぁ、だからもっと溺れて魅せて。
その瞳で。その口唇で。その指先で。
この俺を酔わせて、惑わしてほしい。
「ダイ、く…ぅん……ッ」
悦に溶けた、鼻にかかった甘い声。
情欲をさらに溶かし込んだ潤んだ瞳がこちらを見上げて。
赤い舌が赤い口唇をなぞる、それだけのことに簡単に熱を煽られる。
「トシヤ…」
吃驚するほど余裕のない自分の声。
熱を含んだそれが耳元にかかった瞬間、トシヤが喉の奥で小さな悲鳴を飲み込んで。
瞬間、潤んだその目から耐えきれなかったかのようにぽろりと雫が零れ落ちた。
熱の籠もった室内に、響く吐息と衣擦れの音。
それを邪魔するかのように水滴がガラスを叩く音が交じり始めて。
微かに開いたカーテンの隙間からは、濡れた窓のガラスの向こうに薄暗い空がのぞく。
甘い秘め事を包み込むように、雨は外界から俺たちを遮断して。
まるでこの世にふたりっきりのような、錯覚すら起こさせる。
「ダ、イく…」
「トシヤ…」
愛しい人に溺れて。
夢に見るは極上の時間。
やわらかな檻に
いつまでも2人、とらわれたまま―――
END