もしも僕がこの手を離したら

僕はこの温もりを失うことになるんだろうか

 

bittersweet

 

空気の違う、遠い異国の空の下。
誰にも言わずにこっそりホテルを抜け出して、
恋人と2人、秘密のデート。

「きょーくん、手繋ご?」

人通りのほとんどない、淡い街灯の光に照らされた大通りを
宛てもなく歩きながら、俺はそう言って掌を差し出した。

「あー?トシヤまたかい…」

そう毒づく京くんの頬は僅かに赤い。
返事なんて構わずに、京くんの手を取る。

少しだけ大きさの違う、手。
お互いの指に嵌められた、ごつい指輪がぶつかって
こつんと鈍い音を立てた。
ゆるく、じんわりと伝わってくる、京くんの手の温もり。

指と指を絡めて強く強く握りながら、
いつかこの温もりが失われていくときが来るんだろうか?
なんて、不意に嫌な考えが頭を巡る。

温もりを手に入れるのはとても困難なのに。
失うのはひどく容易くて。



もしも俺がこの手を離したら。

京くんは離した手を引き留めることもなく、
俺の傍からいなくなるんだろうか?

この手を、離したら……



「トシヤ?」

怪訝な顔をした京くんに下から覗き込まれ、
はっと我に返った。

「な、何?」

驚きのあまり、繋いだ手を解いてしまう。

いとも簡単に離れてしまう、手と手。



やっぱり、俺がこの手を離したら。

それはこの温もりが失われるのを
意味しているのだろうか?



「トシヤ、また変なこと考えてるやろ?」
「え?」
「泣きそう」

うりゃ、とデコピンを食らわされて。
無防備だった俺は、額に走った鋭い痛みに呻くことになる。

「いっ…たぁ!」

額を押さえて蹲る俺を余所に、けらけらと満足気に笑いを零す京くん。

ひどく優しい笑み。
不安だらけだった心の内が、ほんの少し和らいでいくのがわかった。

その体を黙ったまま抱き寄せて。
腕の中に京くんの体温を感じながら、ゆっくりと瞳を閉じる。

「としや?」

不思議そうに名前を呼ぶ京くん。

暖かい、体温。
生きてるんだと、伝えてくる鼓動。
たったそれだけのことに、愛おしさが募って。

肩口から顔を上げると、真っ黒な瞳と目が合う。

「…何でもない。大丈夫」

そう言って、下から見上げてくるその口唇に
そっと触れるだけのキスを落とした。



あぁやっぱり。

俺にはこの温もりを…この人を、失うなんてことは考えられなくて。

今だけでいい。

いつか、別離の時期が来ようとも。

今だけは、笑っていて。



「っとにオマエは…」

しょうがないヤツ。

京くんはそう言って、ぐぃ、と俺の手を引っ張った。
そのままの体勢で歩き出す京くん。

「わ、ちょ、待っ……」

手だけを引っ張られたままの状態で、思わず前につんのめりそうになる俺。
慌てて体勢を立て直して、その後を追うと。

「何にも不安になることなんかないやろ」

俺がここにおるんやから。

消え入りそうな声で呟かれた、それは愛しい京くんの声。
照れているのか、街灯で微かに照らし出されたその耳元は赤く。
風に掻き消されそうなその言葉を反芻して、
俺は小さく微笑んだ。

繋いだ手を離しても。
京くんはちゃんと俺の傍にいてくれた。

「ウン…ゴメン」
「……ん」

素っ気ない、一言。
それでも、小さく振り返った京くんの顔に
浮かべられた笑みは、ひどく満足げで。



再び絡めた指先。
少し冷たい風に晒されて、それでも触れ合った部分は暖かくて。

「京くん」
「ん?」
「…好きだよ」
「…ん」

ちゃんと温もりは、俺の腕の中にあった。

 

END