「薫くーん」
「何?」
「明日暇?」
「暇やけど何で?」
「だったら祝ってよ、俺の誕生日」
きっかけなんて、有り触れた日常の中にいくらでもある。
「で、何か欲しいん?」
家までの帰り道、紫煙を吐き出しながら薫くんが問いかけてきた。
「えっ。なんか買ってくれんの?」
意外すぎる言葉に、目を丸く見開く俺。
誕生日を祝ってほしいとは言ったけど、まさかそこまでしてもらえるとは思ってなくて。
驚愕する俺に、あのな、と溜息を零す薫くん。
「俺は別にそこまで薄情なわけやない」
「…じゃぁまぁそういうことにしといてあげるよ」
「何をぅ。生意気、トシヤ」
ふっと煙草の煙を吹きかけられた。
突然の攻撃に、為す術もなくげほげほと噎せ返るしかなくて。
「ひでぇー!俺明日誕生日なのに!」
「やから祝ったるって言ってんやろ?」
涙目で薫くんを睨み付ける俺に、返されるのはシニカルな笑み。
ねぇ
どうして俺が、あなたに
誕生日を祝ってほしいって言ったか、あなたは知ってる?
俺の少し先を歩いていた薫くんは、立ち止まった俺に気付いたのか
足を止めてこちらを振り返った。
「早よ来い、トシヤ」
微笑む顔はやわらかくて。
どきん、と胸が音をたてた。
欲しいものなんて決まってる
俺の望み
―――あなたが、欲しい
有り触れた日常で、ほんの少しの賭に出た。
「ねぇ薫くん。勝負しよっか?」
「何の?」
「俺の欲しいものがわかったら薫くんの勝ち。わからなかったら俺の勝ち」
「…なんやそれ」
不思議そうに首を傾げる薫くんに、俺はにっこりと笑う。
まさかこんなに不利な勝負に、薫くんがのってくるとは思わなかったから。
「リミットは?」
「そうだなー…俺の誕生日が終わるまで」
「わかった」
楽しみにしとれよ?
薫くんの口から意外なほどすんなり出てきた言葉に、
俺も挑戦的な瞳で笑った。
雰囲気だけでも、と言ってコンビニで買ったショートケーキに、
家に置いてあったロウソクを突き刺す。
「なんか侘びしい…」
「仕方ないやろ。普通こんな夜中に開いとるケーキ屋なんかないんやから」
何でもええからとっとと火ィ消せ。
薫くんにそう急かされて、ロウソクの火を吹き消す。
ぱちぱちと乾いた手を叩く音。
「はいオメデトウー」
「うわっ!何主役差し置いて苺食べてンの!?」
「こんなの早いもん順やろー」
指についた生クリームを舐め取りながら薫くんが言う。
「甘…」
「そりゃそうでしょ」
赤い舌が白い指先を滑るのを直視出来ず、
視線を下に彷徨わせながら答える。
知らず、その感触を想像して紅潮していく頬。
ここまでくれば立派に妄想癖だって自覚済みもいいところで。
雑念を振り払おうと首を横に振って顔を上げれば、ニィ、と
意地悪そうな笑みで微笑む薫くんと目が合った。
「トシヤ、こっち来いって」
「えっ?なん……」
言われるがまま、腕を引っ張られる。
体を抱き留められて…気付いたら、薫くんの腕の中。
…え?
腕の、中?
「ほら、こっち向け」
くぃ、と顎を持ち上げられて。
目の前の焦点が合わなくなって、唇が塞がれて……
―――今一体、どうなってる?
「バーカ。お前のことなんか、何でもお見通しやっつーに」
吐息がかかるギリギリの距離で、薫くんが呟く。
「欲しいもの、イコール俺。チガウ?」
こつん、と額があわされて。目の前で微笑まれる。
その表情が、あんまりにも優しかったから。
駆け引きをするまでもなく、
俺は賭に負けた。
「………正解」
脱力しながらそう呟けば、ぎゅう、と強く抱き寄せられる身体。
されるがままに身を寄せて薫くんの首に手を回せば、
耳元に落ちてくるあれほど焦がれた低いヴォイス。
「誕生日おめでとさん、トシヤ」
「うん」
「…好きやで」
その、声が。
一番欲しかった言葉をくれたから―――
心も体も、薫くん以外何も考えられなくさせられる。
翻弄される。
自分とは違う煙草の匂いに、ぬくもりに、声に、指先に。
―――溺れていく
「ねぇ薫くん…」
甘い恋の海を泳ぎ切った後。
薫くんの体温にぼんやりと微睡みを感じながら、俺は口を開いた。
「ん?」
「もし俺が、今日薫くんのこと誘ってなかったら…どうしてた?」
もし自分から誕生日を祝ってって言わなかったら。
まだしばらくは、何の進展もなかったのかな。
きゅ、と薫くんの指先に自分の指先を絡め合わせながら考えていたところに、頭上から降ってくる答え。
「その時は祝いに来てやってた」
「え?」
「俺が誰かの誕生日を祝いに行ってやろうと思ったのは、後にも先にもお前だけやで?」
そんな言葉をくれたわりに、言った自分で照れたのか
薫くんはすぐにそっぽを向いてしまって。
耳元まで赤く染まったそんな仕草に、くすぐったいほどの
愛情が胸から溢れていく。
愛しい。
ずっとずっと、恋い焦がれていたひと。
「薫くん、ありがとう」
ぎゅう、と自分よりも小さい体に抱きついてそう呟けば
よしよしと頭を撫でられて。
「俺も。
生まれてきてくれてありがとう」
生まれて、出会って、恋をして。
愛しいこの人のそばにいれる自分のしあわせを思う。
「ね、ね。
好きって、もう一回言って?」
思わず泣きそうになった自分を誤魔化すように、埋めていた胸元から顔を上げて
そう強請れば、そんな俺を察したのか“今日だけ特別やで”なんて言いながら
強く抱き込んでくれる薫くん。
そうして、耳元に落とされた甘い囁きに
俺の涙は引っ込むどころか零れ落ちる一方で。
幸せな誕生日の夜は、こうして更けていった。
END
Toshiya , Happy Birthday To You xxx
うちの敏薫のトシヤって何でこんなよく泣いてるんやろう…