仕事熱心なリーダーを見習って、自宅の仕事部屋に籠もって気が付けば既に夜の明ける時刻。
んーと凝り固まった筋肉を伸ばしながら締め切っていたカーテンを開けると、ちょうど闇のヴェールが
脱げかけようとしていた空が見えて。
既に何本目になるかわからない煙草を口にくわえながら、ぼんやりと移ろい変わっていく空の色を眺めた。
微かなブルーに、混ざるオレンジのコントラスト。
聞こえてくる甲高い音は鳥の鳴き声で。
気分転換に外の空気でも吸うか、とくわえ煙草のままでリビングからベランダへと向かう。
からら、と軽い音を立ててサッシを滑る窓。
瞬間ひんやりした空気に包まれ、身構えてなかった俺はその寒さに思わず身を竦めた。
少し前までは涼しいと思っていた朝が、今は凍えるほどに寒い。
置きっぱなしのサンダルを引っかけ、ベランダの柵にもたれ掛かかって。
紫煙を燻らせながらぼんやりと街並みに視線を彷徨わせる。
高いビルとビルの隙間から覗くオレンジの光は、徐々に高度を上げていて。
眠りに就こうとしていた街が、少しずつ目覚め始める時間。
滑稽だな、と思う。
眠ることを知らない街は、いつもネオンと喧噪に溢れていて。
それらが消えて一時の静けさが街を包めば、今度は朝が訪れて別の人間が活動をし始める。
結局街が眠りに就くのなんてほんの刹那に過ぎなくて。
根本まで吸いきった煙草を、荒ゴミの日に出そうと思ってそのままにしてあった空き缶の中に入れる。
身体は疲れていたけれど、何故だか眠気は程遠かった。
爆音のヘッドフォンを当てていた耳は、ほんの少し、喧噪を遠くして。
ベランダの柵に腕を預けたまま、そこに頭を押しつけて目を閉じた。
―――もう、寝てるかな
部屋に置きっぱなしの、携帯電話。
自分から連絡しなければかかってくるはずがないって、そんなことはわかっていたけれど。
それでももしものために、と直ぐ傍に置いておいたその存在を急に思い出して、
わざわざ部屋に取りに戻る。
ベランダに向かうついでに、台所によってミネラルウォーターのペットボトルも持って。
気が付かないうちに完全に日は昇りきっていたらしい。
白っぽい色で染められた一面のキャンパスを少し見上げながら、
電話をかけるか、メールにするかを逡巡して。
手元の赤い携帯を弄びながら、メールにするか、と慣れた手付きで
メールの作成画面を開く。
ボタンを滑る自分の指を見ながら、不意に彼の指を思い出して。
―――随分触れられてないなぁ…
少し大きめの、白い手を思い出す。
弦楽器を持つ人間とは違う、指先の感触。
その指を飾るごついシルバーのアクセサリー。
そんなことを考えていたら、メールや電話越しじゃどうにももどかしくなってきて。
間接的にじゃなく、直接的に。彼に触れたい。触れてほしい。
じわじわと沸き上がってくる願望にも似た欲望。
作成しようとしていたメール画面を消して、ディスプレイに表示された時刻を見る。
6時30分。
きっと彼はまだ夢の中。
それでも構わない。
会いに行こうと、思った。
大通りでタクシーを拾って、彼の家へと向かう。
通勤ラッシュ前だからか、いつもより幾分スムーズな車の流れに誘導されて
それほど焦れることもなく目的地に到着して。
もらっていた合鍵で鍵を開ける。
ロックがかかってたら起きるまで待つしかない、と覚悟を決めて引いたドアは、
予想に反して途中で引っかかることなく簡単に開いた。
「…あれ?」
少々拍子抜けしながら、靴を脱いで部屋の中に入って。
勝手知ったる恋人の家とばかりにリビングへ向かうと、ベランダに続く窓が少し開かれたままになっていた。
「寒くないのかな…」
そう独り言を呟きながら、その窓に手をかけようとすると。
「…トシヤ?」
聞き慣れた、でも聞きたかったその声が、俺の名前を呼んだ。
「京、くん…?」
ガラス1枚隔てた向こう側には。
先程までの俺と同じように、ベランダの柵にもたれ掛かった京くんの姿。
「どないしたん?こんな時間に」
さっきと同じように、からら、と軽い音をたててサッシを滑る窓。
さっきと違うのは、この先に好きな人がいるってこと。
目の前に、触れたいと願ったその人がいるってこと。
「…京くんこそ」
いつもなら寝てるくせに。
そんな呟きは、引き寄せられた腕の中に消えて。
動き出した街並みを背に、目を閉じる。
俺たちを包み込む、ひんやりした風。
でも、もう身を竦める必要はなかった。
久々に触れた自分に馴染んだ体温が、ひどく心地良かったから。
「京、くん…」
「ベッド、行こう。トシヤ」
バカみたいにベランダで突っ立って抱き合って。
どちらからともなく手を引っ張り合って、部屋の中に入る。
日が差し込み始めた窓をカーテンで覆って、縺れ合うようにしてベッドに沈んで。
あれほど触れられたいと望んだ指先が身体を滑るのを感じながら、目を閉じた。
午前7時。
俺の中で、本当の意味で夜が明け始めた時間には、
既に太陽はからりとした空に光を放ち始めていた。
END
京敏にしたけれど、敏京でもいい
部屋から見えた夜明けが綺麗だったので、何となく書いてみた話
光とか夜明けとか、好きだな自分…