バスタブ
「ただいまー」
やわらかな日差しが、部屋の中に差し込んでいる。
玄関先には見慣れた彼のラバーソールがちょこんと邪魔にならない程度に揃えられていて。
それを見ながら俺はふと微笑んで、その隣に自分のスニーカーを脱いで並べた。
「京くん?」
ひらりと、薄いカーテンが風で揺れている。
花粉症の癖に窓開けとって大丈夫なんかいな。
そう思ってリビングを見渡すも、そこで彼を姿を見付けることは出来んくて。
「京くん?」
リビングから続きの寝室のドアを開けてみるけど、そこにも彼の姿はない。
リビングの離れにある仕事部屋も同様で。
「あぁ…またあそこにおるんか」
残った部屋―――を思い出して、俺はふっと笑いを零した。
「京くん」
だだっ広い―――といってもせいぜい6畳程度の空間だ。それでもモノがないと意外と広く感じる―――白い部屋のドアを開けて、俺は中を覗き込んだ。
部屋の中には白いバスタブが1つ。
南向きの大きな窓から、やわらかな日差しが降り注いでいる。
石張りの床を、素足で静かに歩く。
思ったほど冷たくはなかったそこを進んで、バスタブに手をかけた。
覗き込んで、思わず笑みが零れる。
先程から探していた彼―――京くんは、その中で眠っていた。
何度も脱色の繰り返された、蜂蜜色の髪。
いつの間にか自分のモノにしてしまった俺の白いシャツにジーンズの姿で、京くんは丸まって穏やかな寝息をたてている。
手を伸ばして髪をくしゅくしゅと撫でると、京くんがくすぐったそうに頭を振った。
たまに突拍子もないことをするのは重々承知やったけど。
最初に京くんがここで寝てるのを見付けた時はひどく驚いたことを今でも覚えてる。
一緒に住み始めてまもなくの頃。
今日みたいに俺がちょっと外出している隙に、京くんの姿はなくなってて。
リビングから寝室から台所から、慌ててドアを開けては締めて開けては締めてを繰り返して彼の姿を探して。
汗だくになってぜーはー肩で息をついている俺が、穏やかな寝息をたてている京くんの姿をようやく見付けたのは、このバスタブやった。
見付けたら一言文句を、と思っていた気持ちが、その気持ちよさそうな寝顔に萎えていくのを覚えてる。
そう言えば物件を一緒に探しに行ったときも、妙にここに拘ってたなぁ、なんて。
普通なら3LDKになるはずやのに、どうしてもここの部屋はこのままでおいといてほしいと京くんは俺に言った。
仕事部屋と寝室さえ確保出来ればとりあえずはそれで良かった俺は、京くんの部屋がなくなるけどそれでええんやったら、と了承して。
気がついたらここはバスタブ兼京くんの部屋になってた。
昔住んでいた住人が、わざわざ部屋を改装してバスルームにしたらしいその部屋は、家の中で一番日当たりのいい場所で。
白い壁と、石張りの床。
そして白いバスタブ。
使おうと思えば水道も通ってるから、使えへんこともないんやけど。
場所を所望したわりに、京くんはここをバスルームとして使うつもりはないようやった。
まぁ別に普通の風呂も付いてるから、そこで事足りるんやけど。
だったら何故?と首を傾げていた俺は、バスタブの中で眠っている京くんを見てようやく合点がいったのだった。
もう石けんの匂いもしない、バスタブ。
俺が転がると少し窮屈なその空間は、京くんにとってはジャストサイズやったらしく。
日中、こんな天気の日は特にここにいたがる京くん。
そのかわり、何があっても夜は寝室に来て、俺の隣で眠っている。
まるで猫みたいや、と1人微笑んだ。
気紛れに1人でふらりといなくなったかと思えば、気紛れに擦り寄ってきて。
「京」
やさしい日差しの中で、名前を口にする。
静かなこの空間は、まるで聖堂みたいに神聖で。
光に照らされて、きらきらと透ける金色の髪に指を通す。
「ん………」
むずがるように京くんが小さくうなり声を上げ、瞳を開けた。
「薫、くん……?」
うっすらと瞳が瞬いて、俺の顔を映し出す。
「ただいま、京くん」
「おかえり……」
そう言って閉じられる瞳。
何物にも代え難い幸福が、胸の中にじんわりと広がっていくのを感じた。
身を乗り出して、バスタブの中の眠り姫に口付ける。
ロマンチックでも何でもないけど。
自分たちにはこれが合ってるな、と、微笑みながら。
END
あははははは………
すいません
バスタブで眠っている京くんを想像したらつい…(つい、じゃねぇよ
すいません(逃