「薫くん、水族館行かねぇ?」

 

アクアリウム・ナイト

 

「…何でまた?」

トシヤの言葉に、俺は帰る用意をしていた手を止めて視線をトシヤの方へ向けた。
既に帰る準備を終えた状態で、紫煙を燻らせているトシヤ。
目が合うと、にこっと微笑んで。

「雑誌で見付けたんだよー。この時期だけ夕方から照明を落として、懐中電灯で水槽の中を観察出来るんだって」

ほら、これ、と指差された先。
情報誌の端に小さく載せられた記事には、確かにトシヤの言うようなことが書いてあって。
『アクアナイト』と題されたその下には小さいながらも写真が載っていて、結構幻想的やった。

「まぁ、ええけど…」

雑誌を返しながらトシヤにそう返事をすると、マジで!?と大はしゃぎ。
何やお前。そんな行きたかったんか…?

「毎年毎年すっげー行きたかったの!今日夕方までで仕事終わるからチャンスだ!!と思ってさ。
 ラッキーだよ。んじゃ行こう!!」
「え、今日!?」
「何言ってんの、今日逃したら行けねぇじゃん!!」

こうなったトシヤは誰にも止めることは出来んくて。
はよ帰ってゲームの続きがしたい…なんてことは言わせてもらえるわけもなく、俺は意気揚々と部屋を出て行く
トシヤの後を追ってスタジオを後にした。
…まぁ、喜んでる姿が見れるんやったら俺だって嬉しいんやけどな?



送迎の車を断り、電車を乗り継いで水族館へ向かう。
割と郊外にあるその水族館は、俺もトシヤも行ったことがなくて。
迷うか?と思ったけど、水族館特有の独特の形をしていたそれは案外すぐに見付かった。

入り口には立て看板で、アクアナイトのお知らせがでかでかと書かれている。
夕方から水族館に来ようという物好きな人間はそうおらへんかったみたいで、
誰も並んでなかった入場券売り場で入場券を買って中に入った。
こちらをお使い下さい、と言って一緒に手渡された懐中電灯。
何の変哲もないそれも、水族館っていう場所で渡されると何か変な感じがする。

……つーか俺、水族館なんて何年ぶりやろ…



入ってすぐ、天井がえらい高い空間に迎え入れられて。
正面が大水槽になっとって、いろんな種類の魚が泳いどった。

「うわぁ…水族館なんて久々だよ…」

隣でトシヤが呟く。

「お前もか。俺もや」

その言葉に激しく同意して。一歩一歩、大水槽へ足を近付ける。
分厚いガラスの向こう、ちゃぷんちゃぷんと水が揺れて。魚が目の前を横切っていく。

「まだ明るいな?」
「日落ちてないからね」

水槽の上側も吹き抜けみたいになっているらしく、その向こう側にはガラス張りの窓があって。
そこから落ちかけのやわらかいオレンジの日が差し込んでいる。
手に懐中電灯をぶら下げたまま、しばらく水槽の中を見つめる俺とトシヤ。

「めっちゃおるなぁ…」
「うん。サメとか亀もいるよ。あとは…何だろあの魚…」

魚博士でもない俺たちには、名前なんてわかるはずもなく。
水槽の下にあった魚の種類を書かれているボードを見ながら、へぇ、と二人して感嘆の声をあげる。

水族館なんて長いこと来てないけど、記憶の中にあった水族館のイメージよりも全然人が少なくて。
水槽に張り付いたままでしばらく眺めてから、別の場所へ移動する。

「うぉ、真っ暗やん」
「だってそういう演出だから」

通路を移動してみたら、ギリギリまで照明が落とされとって。
ぶら下げていた懐中電灯をつけて、水槽を照らす。
水が光に反射してキラキラ光って。これはこれで結構綺麗やと思った。

「魚って目蓋ないから目ぇ開けたまんま寝てんねんよなぁ…」
「ずーっと泳ぎっぱなしのもいるしね」

暗い中でも、ずっと忙しなく水槽の中を泳ぎ回っているのもいれば、じーっと動かへんのもおって。
1個1個水槽を照らしながら、中をのぞき込む。

「発光する魚…綺麗やな、これ」
「ねー。顎の下の発光器が光るんだって」

めずらしいなぁ、とか。
そんなことを言いながら、通路を進んでいく。

途中、不意にトシヤの手が伸ばされて。
ぎゅっと、握りしめられた手。

普段なかなか外でこんなこと出来ひんけど。
今なら人も少ないし、何より暗いから見えへんか。
そんなことを思いながら、俺も繋がれた手に力を込める。
すると、トシヤがあからさまにほっとしたのがわかって。

可愛いやつ。そう思って、ちょっと笑ってしまった。

「何笑ってんの、薫くん…」
「いーや、何も?ほら、見ぃひんのか?見たかったんやろ?」
「………見る」

ぶー、とふてくされたまま。しぶしぶ水槽の中をのぞき込むトシヤ。
しばらくしたら機嫌が悪かったんが嘘やったみたいに、嬉々として俺の手を引っ張って奥へ奥へと進んでいって。
ほんま見てて飽きひんなぁ、と思う。

「薫くん、鯛がいるよ、鯛!」
「あー…ほんまや。うまそう…」
「…そういうこと言う…?」

俺の言葉に、トシヤがやれやれ、みたいな顔をする。
だって、なぁ?

「そりゃ俺も思ったけどさ…」
「思ったんかい!」

トシヤの言葉に、今度は俺が突っ込んで。
二人してげらげら笑う。

「ダイくんが来たらうぇーって言ってそうだよね」
「あぁ、言いそうアイツ。てか行きたないって言いそう」
「でも京くんに行こって言われたらしぶしぶ頷いてそう!」
「いや、すごい勢いで頷いてんでそれは」

そんな会話をしながら、水槽をのぞいては進んで。
外から見た感じやとわからへんかったけど、結構魚の種類もよーさんおったらしい。
入場券と一緒にもらったパンフレットを見ながら、まだ半分くらいあんねや、と言いつつ先へ進む。

「今からは背骨のない魚…つか、カニとか?」
「せやな。あぁ、ロブスターおんでそこ」
「でか!」

俺の手を引いて、トシヤが水槽へ駆け寄る。
青いロブスターっておんねや。赤いイメージしかなかったわ。

「すごいねー」

無邪気な子供みたいに、はしゃぐトシヤ。
くるくると変わる表情はほんまに豊かで。見てて飽きひん。

「ねー、薫くん」

にかっと笑って。こっちを見つめてくる、瞳。

何か急に愛しさが溢れて。
止まらんくなって、徐に繋いだままの腕を引っ張ってその身体を抱きしめた。

「薫…くん?」

俺の胸に顔を埋めた状態で、名前を呼ぶトシヤ。
そんなトシヤの髪をくしゃくしゃと掻き混ぜて、そっと口唇を寄せた。
抗うことなく、目を閉じて俺の口付けを受け入れる。
場所のこともあって、口付けは触れるだけで解かれたけれど。

「薫くん…」

甘えた声で名前を呼ぶトシヤに、もう一度だけ口付けを落とす。
ごとん、と音をたてて落とされた懐中電灯を拾い上げて。

「行くで」

トシヤの手を引っ張って、早足に水族館を後にする。

暗い闇の中でただ、魚たちだけが俺たちの姿を見つめていた。



水族館を出るなりタクを拾って、さっさと自宅へ戻る。
鞄を投げ捨てて、寝室へ直行。
トシヤもその気になってたみたいで、抗うどころか寧ろ積極的に自分から服を脱いで俺の身体を引き寄せてきた。

口唇を寄せながら、囁く。

「魚でも嫌やわ、お前のそんな顔を晒すん」

無数の、何の邪気もない瞳たち。
そんな魚にすら、嫉妬する自分。

「嫉妬した?」

挑むように微笑んで。
トシヤが俺の頬に手をあてながら、問いかける。

「……」

でも、素直に認めるのは癪で。
…まぁ、さっきの発言で今更取り繕ったってどうしようもないんはわかってたけどな。

「…俺としては見せつけてやりたかったんだけど」

トシヤの言葉に、ふっと笑う。

「アホか」

誰が見せるか、とトシヤの身体を掻き抱いて。
首筋に顔を埋める。



時々ふっと現れる独占欲。
自分からしたら醜い感情やと思うのに、トシヤは嬉しいらしい。

「だってそれって薫くんが大事に思ってるからこそ出るものでしょ?」

そう言って笑っとった。
ほんまお前には敵わんわ、トシヤ。

そうやで。
俺にとって、お前ほど大事な人間はおらん。



「薫くん…」

甘く名前を呼んで。
俺の頭を抱きしめるトシヤ。
そんなトシヤの身体を、強く抱きしめ返した。



水族館と同じ闇の中。
水槽の水の中で泳ぐ魚とは違って、シーツの海で泳ぐ俺たち。

幻想的でも何でもないけど。

「好きやで」

俺たちにとっては、何よりも蠱惑的で魅力的なこの空間の中。
本能のままに求め合って。

シーツの海を、ただひたすらに泳ぐ。

 

END

 

水族館行く前から書こうとタンデムシートで思いついたネタ(ぉ
まぁ元ネタは地元の水族館でやってたイベントなんですけど
それはブルーライトが使われてたんで、懐中電灯の方が雰囲気出るよなーと
ちょっと修正してみました
水族館はいいです 大好きだ